【感想】「ノースライト(横山秀夫)」一脚の椅子を残して消えた一家の謎

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ミステリー
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【ノースライト】のあらすじ

北からの光線が射しこむ信濃追分のY邸。
建築士・青瀬稔の最高傑作である。
通じぬ電話に不審を抱き、この邸宅を訪れた青瀬は衝撃を受けた。
引き渡し以降、ただの一度も住まれた形跡がないのだ。
消息を絶った施主吉野の痕跡を追ううちに、日本を愛したドイツ人建築家ブルーノ・タウトの存在が浮かび上がってくる。
ぶつかりあう魂。
ふたつの悲劇。
過去からの呼び声。
横山秀夫作品史上、最も美しい謎。

「BOOKデータベース」 より

主人公の青瀬稔は建築士として、順風満帆に見える日々を過ごしていました。
しかしバブル崩壊により状況は一変。
自身がリストラされると見た青瀬は、自ら退職してしまいます。
そのまま次の職を見つけられず、家計に余裕がなくなっていくと、元々関係にズレが生じていた妻・ゆかりとの衝突が増え、最終的に離婚。
現在は大学の同級生・岡崎が経営する「岡崎設計事務所」に拾われ、建築士として再起しました。
しかしバブル崩壊前にあった建築に対する情熱は薄れているようです。

そんな青瀬が唯一情熱を取り戻した仕事が、吉野夫婦からの「あなたが住みたい家を建てて下さい」という依頼でした。
こうして出来たのがあらすじにもあるY邸です。

せきゆら
せきゆら

Y邸は青瀬の最高傑作となり、雑誌にまで掲載されるほどの評判となりました。

そのY邸に吉野夫妻が住んでいないという事実が、建築士としてどうしても許せない青瀬。
直接真意を問いただすため、独自の調査で吉野夫妻の行方を追いかけます。

【ノースライト】はどのような人にオススメ?(レビューまとめ)

Amazonレビューでは下記のような感想がありました。

批判的な意見
・建築の知識が無いとわからない部分がある
・前半の動きが少ない

本書の主人公は探偵でなければ警察でもなく、あくまで建築士です。
そのため謎解きとは一切関係ない、建築や家族について話を脱線させる場面が多いです。
これにより物語がなかなか動かず、物足りなさを感じた人もいたようですね。

更に同じ理由で、必然的にストーリーの中心に来るのも建築となっているため、建築の知識がなければ想像が難しい場面もあります。(特にコンペのくだり)

とはいえ物語を理解するのに必要な、最低限の知識には説明を入れてくれるため、建築に詳しくなければ楽しめないという事はありませんでした。


その一方で、肯定的な意見も紹介します。

肯定的な意見
・心情描写が優れている
・伏線回収が綺麗
・取材に裏打ちされたリアリティー

本書を執筆するにあたり、作者は多くの取材を重ねてきました。
巻末に掲載された参考文献が30冊以上ある事からも、入念な下準備を行なっていた様子がうかがえます。
更に本物の建築家への取材にて語られた話を主人公・青瀬の過去に投影させているため、心理描写にも説得力があります。
取材のおかげも勿論あるのでしょうが、本職ではない建築士の心情にあそこまでリアリティーを持たせた作者の表現力に驚きです。

せきゆら
せきゆら

人間ドラマに力を入れているため、ミステリーが苦手な人でも読みやすいと思います。

【ノースライト】の感想(ネタバレ注意)

感想を述べる上で必要なネタバレをしているため、未読の方はご注意ください。
(真相の全てまでは明かしていません)

物語の中で唯一実在する人物

青瀬が行方不明の施主・吉野夫妻を捜索するにあたり、唯一の手がかりとなったのが建築家であるブルーノ・タウトの存在です。
彼は実在の人物で、青瀬は「桂離宮の建築美を『再発見』し、日本の工芸品の普及とデザイン向上に協力した人物」と説明しています。
恥ずかしながら私はこれまでブルーノ・タウトの存在を知らず、読み終えた後に見た本書の参考文献で、ようやく実際にいる人物であると知りました。

このタウトは吉野一家へたどり着く手がかりとしてだけでなく、多くの登場人物たちがタウトに魅せられ、己の過去や価値観を投影する役割も持っていました。

青瀬と対比される家族関係

「建築家小説」「長編ミステリー」と言われる本書ですが、全体のテーマとして共通しているのは「家族」です。
本書は主人公の青瀬、行方不明となった吉野(夫)、そして青瀬の同級生かつ上司である岡崎が持つ、それぞれの家族について語られます。
彼らは青瀬の家庭と対比して書かれていました。



Y邸を青瀬に依頼した吉野は、当時妻と離婚協議中でした。
(青瀬に妻と紹介していた女性は妹)

吉野はバブル崩壊後に勝負を賭け、会社から独立。
成功者として生き残ります。
しかし独立に必要な資金調達のため、家の定期預金を妻に無断で解約していました。
その件を十年近く隠していたという事実が、妻にとっては許せなかったようです。
吉野は青瀬に建ててもらったY邸に再び勝負を賭け、妻を呼び戻そうとしましたが、これまで積み重ねてきたすれ違いもあり、既に愛想が尽きていた妻はまともに話すら聞いてくれませんでした。
その後吉野と妻は離婚が成立。
「定期預金の件が許せない」という妻の言い分を考えるに「知らない間に復縁のために大金を使い、家を建てていた」というのは却って逆効果だったかもしれません。
本来Y邸は妻のためではなく、青瀬への償いのために建てられた家なので、ここで噛み合わないのは致し方ないですね。
バブル崩壊後に成功させた仕事が離婚のきっかけとなった吉野は、同じバブル後に職を失い、離婚へ繋がった青瀬と対比されています。
仕事の成功失敗に関係なく、人の関係を壊すお金の恐ろしさを思い知らされました。


一方の岡崎ですが、こちらは過去に息子・一創が妻・八栄子と別の男との間に生まれた子供である事が発覚。
この事実を隠しながら自身に一創を育てさせていた八栄子を恨みながらも、岡崎は離婚を選択しませんでした。
真実を知ってなお一創への愛情が消えなかった岡崎は血ではなく、共に過ごした時間だと話します。
これは血の繫がりがある娘・日向子と月に一度しか会えない青瀬とは真逆の親子関係として描かれていますね。
一創のためとはいえ、事実を隠していた八栄子とこれからもやっていけるのか?と疑問に思ってしまう部分はありましたが、血の繫がりだけが家族ではないという意図はしっかり伝わってきました。

コンペは結局どうなった?

父のような建築士になりたいと言う息子・一創に、自慢出来る家を遺したいと思った岡崎は、権力者への接待を行いコンペの参加資格を勝ち取ります。
しかし岡崎の接待が発覚し新聞に取り上げられた上、後に岡崎本人が亡くなった事でコンペの話は完全に消えてしまいました。
八栄子も事務所を畳んで欲しいと頼みます。

しかし岡崎の死の真相にたどり着いた青瀬は、一創のためにも事務所を継続するよう八栄子を説得。
彼女は岡崎が亡くなる直前まで書いていたコンペの草案を渡してきます。
その出来栄えに感嘆した青瀬は、事務所に戻るとコンペの継続を宣言。
コンペのライバルだった能勢設計事務所に岡崎の案を持ち込み、能勢の部下・鳩山が出す予定の案とプレコンペさせます。

しかし物語は、能勢にどちらを採用するか検討してもらう段階で終わってしまうため、実際に岡崎の案が採用されたのかは分かりませんでした。
以降の展開は読者の想像に委ねられます。

しかし能勢本人は、案を却下された鳩山が感情的になって退職する可能性を危惧していたのを見るに、岡崎の案が勝っていると判断していたように思えました。
更に青瀬の「建築以外の私情で退職する奴は、ロクな建築士にならないから放っておけ」という言葉に対し「面白い。鳩山の度量を試してみる」と返していたのを見るに、岡崎の案が採用されたと見て良いと思います。
その後の本選がどうなるかは全く分かりませんが、元々コンペの当事者達の中には岡崎を評価し「彼に設計してもらいたい」と話す人物がいたため、勝ち目は十分にありそうです。

最後に

重い話が続くものの、最後は希望のある終わりを迎えるため、読後感は良かったです。
今思うと「ノースライト」というタイトルは、これ以上ないほどにこの物語を簡潔に表していましたね。

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