この記事では『秋期限定栗きんとん事件(米澤穂信)』のあらすじや感想を紹介していきます。
前作「夏季限定トロピカルパフェ事件」で互恵関係を解消する事になった小鳩と小佐内。
その後、彼らは小市民になれたのでしょうか。
小市民シリーズの感想記事はコチラから↓
1.春期限定いちごタルト事件
2.夏期限定トロピカルパフェ事件
3.秋期限定栗きんとん事件(当記事)
4.巴里マカロンの謎
5.冬期限定ボンボンショコラ事件
【秋期限定栗きんとん事件】のあらすじ・登場人物
あの日の放課後、手紙で呼び出されて以降、ぼくの幸せな高校生活は始まった。
「BOOKデータベース」 より
学校中を二人で巡った文化祭。
夜風がちょっと寒かったクリスマス。
お正月には揃って初詣。
ぼくに「小さな誤解でやきもち焼いて口げんか」みたいな日が来るとは、実際、まるで思っていなかったのだ。
—それなのに、小鳩君は機会があれば彼女そっちのけで謎解きを繰り広げてしまい…
シリーズ第三弾。
登場人物
船戸高校2年生→3年生
小鳩 常悟朗……主人公
小佐内 ゆき……ヒロイン
堂島 健吾……新聞部部長
門地 譲治……新聞部
仲丸 十希子……小鳩の恋人
吉口佳奈……生徒達の恋愛事情にやたら詳しい生徒(「春期限定いちごタルト事件」にも登場)
船戸高校1年生→2年生
瓜野 高彦……新聞部所属で小佐内の恋人
氷谷 優人……瓜野の友人
五日市 公也……新聞部
岸 完太……新聞部
里村……園芸部
新田 義彦……生徒指導部の教師
【秋期限定栗きんとん事件】はどのような人にオススメ?
・「春期限定いちごタルト事件」「夏期限定トロピカルパフェ事件」を読んだ人
・登場人物達の性質をふまえた謎解きに興味がある人
・苦みのある青春ミステリーが読みたい人
【秋期限定栗きんとん事件】の感想
ネタバレが含まれておりますので、閲覧の際はご注意ください。
(過去作と異なり今回は完全な長編ミステリーとなっているため、各章ごとの感想は省きます)
今作の準主人公的な存在・瓜野
小鳩視点から小市民を目指す日々を描くのが本シリーズの基本ですが、今回は小鳩視点だけでなく「瓜野」という生徒から見た視点が加わっているのが特徴的でした。
彼は新聞部に所属する堂島の後輩であり今回小佐内の恋人になるという、驚きの設定を持っています。
今回瓜野を登場させた理由としては、下記の理由が挙げられます。
・「小佐内は何を仕組んでいたのか」が毎回謎となる本シリーズには、客観的に小佐内について語る存在が必要だった。
これまでその役目を担っていた小鳩は前作で小佐内と関係解消してしまったため、代わりに瓜野が担う事になった。
・小鳩と小佐内に次ぐメインキャラクターである堂島を部活の後輩視点から描ける上、事件にも巻き込む事が出来る。
・読み手を混乱させるミスリード要員。
・小市民目線な分、小鳩と小佐内の異端さを際立たせる事が出来る。
・小鳩や小佐内の知り合いではない所から、犯人を登場させられる。
思いついた限りそれらしい理由を列挙していきましたが、こうして見てみると瓜野は本作を構成する上で、主軸を担っていると言っても良い存在ですね。
しかし小鳩と小佐内が元の鞘に収まるまでの繋ぎ役のせいか、瓜野自身は「行動力のある自信家な反面、実力不足で目的のためなら他を顧みない」という、今ひとつな人物として描かれています。
とはいえその小市民らしさが読み手に共感性羞恥を覚えさせてくるので、ある意味小鳩や小佐内よりも共感しやすい人物に仕上がっていました。
なんだかんだで最後、手痛い仕打ちを受けた彼に同情した人も多かったのではないでしょうか。
小鳩や小佐内が小市民を目指したきっかけも「自身の悪癖をひけらかし、悦に浸っていたら手痛い失敗をしたから」という理由だったのを考えるに、この世界は悪癖を自覚してない人間にどこまでも厳しく出来ているようです。
犯人の動機について
今作で起こる連続放火の犯人は、瓜野の中学時代からの友人で放火事件の話を持ち込んできた張本人・氷谷優人でした。
しかし先述の通り「小佐内は何を仕組んでいたのか」が本シリーズ恒例の謎となっているため、氷谷が犯人であること自体はさほど重要ではありません。
むしろ他者への迷惑を顧みず、連続放火事件を追いかける瓜野へ皆思うところがある中、氷谷だけは瓜野をけしかけて増長させる行動ばかり取っていたので、作者も隠す意図がなかったように思えます。
しかも私は直前で「夏期限定トロピカルパフェ事件」を読んでいた事から、放火事件の記事を瓜野に紹介した氷谷の姿が〈小佐内スイーツセレクション・夏〉の地図を小鳩に渡す小佐内と被ってしまい、余計にフィルターがかかってしまいました。
小佐内さんのおかげで、最初に話を持ち込んできた人物への不信感が止まらなくなってきています。
最後に逮捕された氷谷は警察へ「むしゃくしゃしていてやった。(火をつけるたびに)友達が大騒ぎするのが楽しかった」と告白し、必死で放火犯を追いかけていた瓜野を、裏で馬鹿にしてからかっていた事が発覚します。
そのまま氷谷逮捕以降は瓜野も退場し、彼と面識がない小鳩視点で話が進むため、最後まで氷谷の真意は語られないまま話は終わります。
あくまで本シリーズは小鳩と小佐内の話なので、氷谷の本心まで掘り下げる必要は無いという事なのでしょう。
なので、自分なりに解釈する事にしました。
小鳩は氷谷の語った動機は本心から出たものであろうと考えていたものの、同時に彼は瓜野が書いた記事に沿った犯行ばかり繰り返していた事から「犯行計画もストレス発散も、他人に頼らなければ出来ない自律性のなさ」を指摘していました。
瓜野も彼の自律性になさには気づいており、氷谷へ容赦なくそれを責め立てるような事を言ってしまっていたため、表面上は軽く受け流していた氷谷も内心反感を持っていたのかもしれません。
しかも瓜野は良くも悪くも行動力がずば抜けており、彼に対し散々な評価をした小佐内ですらそこだけは「及第点」と認めていました。
そう考えると氷谷目線、自分ほど頭が良くないにも関わらず唯一持てなかった「自律性」はあった瓜野に対し、妬んでいたからこそ貶めたい感情が抑えられなかったのではないかと思います。
彼らが組めば互いの弱点を補える良いバディになれそうな気もしましたが、今回は双方の短所が災いした結果、最悪の方向へと向かってしまったようです。
小鳩と小佐内が出した結論
そうじゃない。
小鳩 常悟朗
必要なのは、「小市民」の着ぐるみじゃない。
たったひとり、わかってくれるひとがそばにいれば十分なのだ、と。
小市民な恋人と交際する事で、自身も小市民化させるマロングラッセ作戦を試みた小佐内(+小鳩)。
しかしどちらも持ち前の癖を制御出来ず、破局してしまいます。
日頃の行ないが強烈すぎる小佐内は予想の範囲内でしたが、ここで小鳩が「恋人・仲丸の下の名前を忘れかける」「仲丸に二股されても何も思わず、交際を続ける」等、彼女を小市民の着ぐるみとして利用しているだけであることが丸分かりな対応を悪気なくやっていたのには驚きましたね。
何故か二股した仲丸側から、理不尽にドン引きされる展開には笑いました。
「破局」という結果を受けた小鳩と小佐内は「自分に必要なのは小市民ではなく、理解者だった」という結論を出し、再び共に行動を共にする事に決めます。
正直この結論には、最終回となるであろう「冬季限定ボンボンショコラ事件」で到達し、その先の彼らの関係は明確にしないまま終わるものかと思っていました。
読み手の想像に委ねるつもりなのかと。
しかし予想していた結論の先が、次回作にあると思うとワクワクしますね。
卒業まで残された期間が少ない上、受験勉強で忙しい彼らはここからどのような時間を過ごしていくのでしょうか。
それぞれの進路も気になるところです。