この記事では『霧越邸殺人事件(綾辻行人)』のあらすじや感想を紹介していきます。
作者の数多い代表作の1つとして挙げられやすい本書。
冒頭の〈ーもう一人の中村青司氏に捧ぐー〉という一文は、作者の「館シリーズ」を知る人間をニヤリとさせてきますね。
調べて見ると、どうやら本書の舞台となる「霧越邸」の図面は作者の妻・小野不由美が担当しており、彼女が同人活動をしていた際のペンネームに「中村青司」という名前があったそうです。
本書における〈もう一人の中村青司氏〉というのは、やはりその事を指しているのでしょうか。
【霧越邸殺人事件】のあらすじ・登場人物
「この家は祈っている。静かに、ひたむきに」
「BOOKデータベース」 より
—猛吹雪の中、忽然と現われた謎の洋館、その名は霧越邸。
訪れた劇団「暗色天幕」の一行は、住人たちの冷たい対応に戸惑い、館内各所で出遇う不可思議な“暗合”に戦慄する。
やがて勃発する殺人事件の現場には、何故か北原白秋の詩集が…。
奇怪な“連続見立て殺人”の犯人は誰か?
館に潜む“何物か”の驚くべき正体とは…?
本格推理と幻想小説の類例なき融合を成し遂げ、我が国ミステリ史上に燦然と輝く異形の傑作、ここに登場。
登場人物(本書における表より)
※()内の数字は1986年11月時点の満年齢
霧越邸を訪れた人々
槍中秋清……劇団「暗色天幕」主催 演出家(33)
名望奈志……「暗色天幕」の男優 本名松尾茂樹(29)
甲斐倖比古……同 本名英田照夫(26)
榊由高……同 本名李家充(23)
芦野深月……同 女優 本名香取深月(25)
希美崎蘭……同 本名永納公子(24)
乃本彩夏……同 本名山根夏美(19)
鈴籐稜一……槍中の友人。小説家「私」。本名佐々木直史(30)
忍冬準之介……開業医(59)
「霧越邸」に住む人々
白須賀秀一郎……邸の主人
鳴瀬孝……執事
井関悦子……料理人
的場あゆみ……主治医
末永耕治……使用人
?? ……邸に住む謎の人物
【霧越邸殺人事件】はどのような人にオススメ?
・読み応えのある長編本格ミステリーを求めている人
・幻想的な要素が好きな人
・文学的な知識がある人
あらすじにもある通り、本書は北原白秋の詩に沿った見立て殺人が行われます。
必然的に詩人に関する内容も多くなるため、文学的な知識がある人だとより話が理解しやすく、楽しめる作品だと思いました。
言葉遊びのような暗号もいたるところに隠されているため、その手の謎解きが好きな人にも是非オススメしたい作品です。
ネタバレ注意!【霧越邸殺人事件】の感想
具体的なトリックは明かしていませんが、犯人ついてネタバレしておりますので、未読の方はご注意ください。
本格ミステリーと幻想的な雰囲気の両立
「人間たちはもちろんたくさん登場しますが、真の主人公はやはり「霧越邸」そのものの方だろう、と考えています。」
綾辻行人
山奥に建っているにしては、あまりにも大きな洋館である霧越邸。
館内には遭難者達の名前が入った芸術品等がそこかしこに並んでいました。
そしてこの美しい洋館には、
「遭難者達の名前が入った芸術品等がひとりでに壊れる=その遭難者が死亡する」
といった未来予知のような能力が宿っており、不気味ながらもどこか幻想的な魅力があります。
さらに館内で起こる北原白秋の詩に見立てた殺人や耽美主義者である真犯人・槍中の動機等、事件そのものに芸術をモチーフにした要素を入れた事で、作品全体にも幻想的な雰囲気が漂っていました。
本格ミステリーという軸を一切ぶらさず、この世界観を成立させたのが本書の秀逸な点だと思います。
絶妙な推理難易度
部分的な推理であれば何とか当てられそうだが、その先に隠された答えすべてには辿り着けない……。
といった具合で、謎解きとしては絶妙な難易度だったように思えます。
脳内で考えていた仮説も、すべて予測していたと言わんばかりに次々と先に提示してくるため「これでは無いのか……。」じわじわ追い込まれていく感覚が味わえました。
以下は無謀ながらも推理に挑戦した時の個人的なメモです。
私は甲斐にばかり意識が向いてしまい、下記の3点から「第一幕だけ甲斐が犯人で、第二幕以降は別人の犯行」という中途半端な推理をしてしまいました。
改めてまとめてみると甲斐の言動から要素を拾ってばかりで、推理といって良いのか微妙な所ですが一応載せておきたいと思います。
・榊殺しについて槍中・鈴藤・甲斐は3人で図書館にいた事から、アリバイが成立していた点。
鈴藤(読み手)目線、槍中に誘われ終始2人で行動していたのは間違いないが、甲斐は後から1人で図書館に来て鈴藤達と合流した。
→元々友人だった槍中・鈴藤と比べ、甲斐は2人と年齢差があるせいなのか行動を共にする機会が少なく、榊の死亡推定時刻以外で一緒に過ごす場面をほとんど見ない。
特別本が好きという話も無かったように思える。
そして図書館に来るまでのアリバイも曖昧になっている。
死亡推定時刻をズラせる方法があれば、甲斐はアリバイ作りに2人を利用したとも取れる?
・他の人物と比べて甲斐は自主的な発言が少ない分、重要な手がかりばかり(見立て殺人、隠された家人の存在)を探偵役の槍本へ伝えていた姿が目立つ。
→隠された家人に罪をなすりつけようとしている?
・蘭殺し以降、異様なまでに憔悴しており何度も「違うんだ」と呟いていた。
→他の容疑者候補達よりも明らかに動揺しており、演技にしては浮いてしまっている。
演技では無いとしたら、タイミング的に自分は榊しか殺していないから「違うんだ」という意味だった?
蘭殺し以降の犯人は全く検討がつかず、槍中にはまったく辿り着けませんでした。
彼に関しては鈴藤が提案した所持品検査を「犯人はもう証拠隠滅しているからやっても意味が無い」と却下した所に不信感を抱いた程度です。
(やるだけやれば良いのに、見られて困るものでもあるのか?と)
むしろ4年後の鈴藤の独白にある
「唄のために破滅したある人物」
=甲斐(あるいは蘭殺し以降の犯人)or唄に惑わされた結果、犯人に到達出来ないうちに殺害された槍中?
と予想していたため、被害者になりそうだと思っていました。
確かにいわれてみれば、槍中の怪しい要素はそれなりに多かったため、読後の今だと何故気づけなかったんだと歯がゆく感じます。
解けそうで解けないもどかしさを与えてくる所に、本書の難易度調整の上手さが感じられました。
謎を残した霧越邸とその人々
事件は解決したものの、同時に霧越邸が持つ未来予知については一切トリックがない事が判明します。
散々怪しい雰囲気を出していた霧越邸の家人達も、やむおえず保護した遭難者達の起こす事件に巻き込まれていただけでした。
しかし彼らに関しては明らかになった情報が少なく、想像の余地が残されたまま終わってしまいます。
個人的には、
・白須賀は遭難者達の中に犯人がいると確信していたにも関わらず、何故犯人候補である槍本に探偵役をやらせたのか?
・白須賀の息子・彰に関する情報全般
(何故ここまで推理能力が高いのか、彰はどうやって火事から助かったのか等)
このあたりの謎について知りたかったのですが、家人の謎まで伏せる事で霧越邸にミステリアスな魅力が増していたようにも思えるため、明らかにならないままで良かったのかもしれません。
最後に
タイトルとあらすじを見た時点で、館シリーズ好きに刺さりそうな作品だと思っていましたが、予想通りハマってしまいました。
1990年に刊行された作品ではあるものの、幻想的な世界へと誘ってくる霧越邸の魔力にやられたせいか、そこまで古さを感じさせません。
偶然ですが作中の設定と同じ冬に読んだ事で、より雰囲気が増していたのが嬉しい所でした。