この記事では「特選 THE どんでん返し(秋吉理香子/井上真偽/友井羊/七尾与史/谷津矢車)」のあらすじや感想を紹介していきます。
直球ながらも分かりやすいタイトルに惹かれ、手に取りました。
【特選 THE どんでん返し】はどのような人にオススメ?
・隙間時間に読書を楽しみたい人
・幅広い舞台設定を楽しみたい人
・新しい作家との出会いを求めている人
各短編の感想(ネタバレ注意)
ネタバレが含まれておりますので、閲覧の際はご注意ください。
神様(秋吉理香子)
父親の暴力によって家出したナナ。
彼女は衣食住を恵んでくれる「神」を探す日々に精神をすり減らしながら、何とか生きながらえていた。
そんなある日、同じ境遇のルイという少女に声をかけられ……。
主要人物
ナナ……「神」待ちの家出少女
ルイ……「神」待ちの家出少女
ヒロキ……ルイに声をかけた「神」
本書の刊行年が2019年だったので、パパ活ではなく援助交際を題材にしているこの作品は、当時ならではの話だと思いました。
少女がターゲットにされている事件であれば犯人は男性……という先入観を利用した手法は、過去に別の作品で食らっていたので何とか引っかからずに済んだのですが、その次の展開で綺麗などんでん返しをされてしまいます。
犯人との決着でオチがついたと完全に油断していましたね。
状況を複雑化して難易度を上げてくるタイプの謎ではなく、シンプルに分かりやすい答えでどんでん返しをしてきたので、非常に面白かったです。
青い告白(井上真偽)
ある出来事を機に、先日亡くなった高校の同級生・伊藤の死の真相を調べようとする東。
そこへこれまでまともな会話をした事がなかった同級生・古橋がいきなり協力を申し出てきて……。
主要人物
東……高校生
古橋薊……高校生
葛西卓……担任教師
本書唯一の学園ミステリー。
「誰か犯人か」ではなく「事故死か自殺か」という死因を謎の中心に持ってきた所が、新鮮で面白かったです。
また脇役が恐ろしい人物ばかりだったのも印象的でした。
熱烈な信者に反対派、更には自殺者や転校に追い込まれた者まで生み出す葛西は勿論、まるであの苦い結末を予期していたかのように、東が一番恰好悪くなるタイミングを掴んだ古橋もなかなかです。
ある意味、下手な悪役よりもタチが悪いですね。
しかしそんな古橋の言動が、苦い結末を吹き飛ばす程の大きなどんでん返しを起こしてくれました。
伏線どころかタイトルまで鮮やかに回収してくれます。
そのため結末の苦さ以上に、伏線回収のスッキリ感が上回る作品でしたね。
枇杷の種(友井羊)
休日に河川敷を歩いていた蔦林は、そこで学生の遺体を発見してしまった。
しかしとある事情を抱えている彼は、第一発見者として名乗り出る事に難色を示す。
それでも警察に通報はしたが……。
主要人物
蔦林……工場のアルバイト
小田切寛子……工場の契約社員
陣野敏郎……工場の事業部長
事件そのものの謎よりも、主人公の背景に重きを置いた作品。
短い話ではあるものの「身内が起こした罪の償い方」がテーマとなるため、読んでいるこちらも何が正しい償いとなるのか悩まされることとなります。
また陣野のような人間は割と多くいそうだと思っていましたが、蔦林視点を通して見ると、ここまで不快にうつるものかと実感させられたので、私も反面教師として気を付けようと思いました。
それは単なる偶然です(七尾与史)
ある日、歩道橋にてミステリー作家の田端が階段から落ちてしまう。
9日間の昏睡状態の末、目覚めた彼には3ヵ月以上の記憶がなくなっていた。
田端は失った記憶を取り戻すため、精神科医・大崎による催眠療法を受ける決意をする。
主要人物
上野潤哉……新人刑事
田端清治郎……ミステリー作家
大崎智嘉……精神科医
精神科医が催眠療法によって事件の真相を突き止めるという、異色の設定が目立った作品。
「これでは推理ではなくただの治療では?」と思うところですが、勿論それだけで終わるはずもありません。
またミステリー作家・田端を通した本書へのメタ発言も面白く「タイトルで堂々と『どんでん返し』をネタバレしているせいで、ハードルが上がっている(要約)」と愚痴るシーンは思わず笑ってしまいました。
同じ事をうっすら考えていましたが、やはり書く側も同じ思いだったんですね。
更に田端は担当編集者「セキネ」への文句をこぼしていくのですが、本の末尾についている解説を書いた編集者の名前も案の定「関根」さんでした。
まさかの名指しです。
札差用心棒・乙吉の右往左往(谷津矢車)
乙吉は江戸浅草にある播磨屋の主人・吾兵衛の用心棒。
しかし最近は荒事が起きないため、退屈な日々を送っていた。
そんな彼を見かねた吾兵衛は御家人・鈴木半十郎の身辺調査を依頼してくる。
主要人物
乙吉……用心棒
吾兵衛……札差
鈴木半十郎……小普請組の御家人
現代ミステリーが並ぶ中、最後に来たのはまさかの江戸時代を舞台とした作品。
しかし探偵役・吾兵衛と助手役・乙吉の分かりやすいバディ関係や、集められた情報のみで真相を解き明かす安楽椅子探偵のような形式等、要素自体はミステリーらしい作品だと思いました。
登場人物が魅力的だったのもあり、バディものとして面白かった印象が強いです。
最後に
本書のおかげで多くの新しい作家と出会えた事が、何よりも大きな収穫でした。
機会があれば別の作品も読んでみたいと思います。
どれも面白かったのですが個人的には、シンプルで分かりやすいどんでん返しの「神様」が好きでした。