【感想・ネタバレ】「肉弾(河崎秋子)」人間・犬・熊による三つ巴の戦い

※アフィリエイト広告を利用しています

 

読書感想

この記事では「肉弾(河崎 秋子)」のあらすじや感想を紹介していきます。

前回感想を書かせていただいた「土に贖う」は短編集でしたが、本書は「土に贖う」よりも先に刊行された長編小説となっております。

スポンサーリンク

【肉弾】のあらすじ・登場人物

大学を休学中の貴美也は、父親に反発しながらもその庇護下から抜け出せずにいた。
北海道での鹿狩りに連れ出され、山深く分け入ったその時、父子は突如熊の襲撃を受ける。
息子の眼前でなすすべなく腹を裂かれ、食われていく父。
どこからか現れた野犬の群れに紛れ1人逃げのびた貴美也は、絶望の中、生きるために戦うことを決意する。
圧倒的なスケールで人間と動物の生と死を描く、第21回大藪春彦賞受賞作。

「BOOKデータベース」 より

登場人物
沢キミヤ……主人公。本名は「貴美也」だが、作中ではカタカナで表記される。
沢龍一郎……キミヤの父
オーナー……温泉宿の経営者
ラウダ、オードリー、ピレネー……元飼い犬

【肉弾】はどのような人にオススメ?

・少年漫画のような展開が好きな人
・過酷な自然を描いた話を読みたい人
・グロテスクな描写に耐性がある人

【肉弾】の感想

ネタバレが含まれておりますので、閲覧の際はご注意ください。

ジェットコースターのように切り替わる展開

複雑な家庭環境や、部活で経験した大きな挫折から引きこもりのニートとなった息子・キミヤ。
そして良い意味でも悪い意味でもワンマンさが目立つ父・龍一郎。
序盤はこの沢親子のやりとりや過去の話を中心にストーリーが進む中、ときどき宿泊先の土地の話や狩りの話が差し込まれるため、このペースで最後まで話が進んでいくのかと思っていました。
北海道の自然に触れながら、キミヤの心境にゆっくりと変化が生じていくものなのかと。
しかし龍一郎が「自身の威厳を示そうと、息子を連れて人を襲ったという熊を撃ちに行く(熊撃ち未経験)」という絵に描いたような死亡フラグを立てたあたりから、話に不穏な兆しが見えてきました。

せきゆら
せきゆら

シャトゥーンを読んだ人は皆ここで「何と無謀な…」と絶句してしまうのではないでしょうか。

どうやらあらすじの時点で、龍一郎が熊に襲われて死ぬ事は明らかになっていたようですが、今回私は事前にあらすじを読んでいなかったため、龍一郎が死ぬどころか熊が出てくる事すら知りませんでした。
そのためようやくここで「え、親子の関係を描いたハートフルな話ではない?」とようやく気づき出しました。
以降は一気にキミヤが覚醒し、vs動物のバトルパートが始まるため、平穏な序盤からは想像出来ない方向への話の切り替えように唖然とさせられます。
過酷な自然から強制的に死を突きつけられてからようやくキミヤが覚醒する流れを見て、あくまで「自然の厳しさ」に焦点を当てた作品である事を伝えられたように感じます。

せきゆら
せきゆら

あらすじを知らないと余計驚かされる展開ですね。

動物達も個性的に描かれている

本書の大きな特徴は、作中で登場する動物達も一個体としてしっかり掘り下げがなされている所です。
具体的に説明すると熊と犬の集団(一部数匹の犬のみ)について、その内面や過去が語られています。

せきゆら
せきゆら

動物視点からの心情も語られますが、彼らでは認識出来ない事情も絡んでくるため、主に神視点からの説明が多かったように思えます。

熊と人間の戦いの話はこれまでも少しだけ読んだ事がありましたが、その時は大体人間が熊側の生い立ちについて説明するパターンばかりだったので、動物側に寄り添うような形で語られる本書のパターンは新鮮でした。
しかもこの語り方は、人間側の一般知識のみでは説明しきれない一個体としての掘り下げが出来るため、動物の中でもイレギュラーな存在を登場させるのには非常に良い方法だったように思います。
例えば本書にも登場する、人間を襲う凶暴な熊。
凶暴な熊は大体「子連れの母熊」「食いだめに失敗して冬眠出来ない熊(穴持たず)」など、熊の一般的な傾向にもとづいた設定で凶暴化させるパターンが多いと思うのですが、本書ではその特殊な生い立ちと性格から「『熊』という軸から逸脱した化け物」という、異質な存在として描かれていました。

また犬達も個体ごとにそれぞれの物語を持っているため、彼らもなかなか個性的なキャラクターをしています。
しかし熊と違い、彼らは人間に捨てられたり家族を殺されたりと、痛ましい過去を抱えた個体ばかりであるため、特に犬が好きな人が読むとより辛く感じてしまう内容かもしれません。

せきゆら
せきゆら

個人的には白黒犬が好きで、読んだ後も引きずりました…。

少年漫画のような熱さ

過去に挫折を味わった主人公の覚醒から、殴り合いの末に和解した相手と共闘して最後の強敵に挑むラスト。
そして何よりも「肉弾」というタイトル通りに鉄砲を使わず「噛み付く」「突撃する」といった肉弾戦中心の戦い方をする事から、どこか少年漫画のような熱さを感じる作品でした。
実際に少年漫画を意識していたかどうかは分かりませんが、鉄砲を使わなかった理由に近い話としては、作者がインタビューで下記のように語っています。

「熊の話を書いてみたいと思ったんです。
熊と相対するのは誰にするか考えた時、鉄砲撃ちやマタギの血を引く人間にしても物語は成立しますが、そうではなく、熊とはまったく縁のない人間にしたほうが、熊や自然の恐ろしさを書けるのではないかなと」

小説丸「インタビュー 河﨑秋子さん 『肉弾』」より

更に作者は「窮地に立たされて、逆ギレしたような状態になって熊に向かっていく、という話にすることは決めていました。」と語っており、この展開を成立させるようにキミヤの人物像も肉付けしていったようです。
そのため私がどこか本書に少年漫画のような雰囲気を感じたのは「強い武器を使わずに、ほぼ開き直りだけで強敵に打ち勝った」という部分にあったのかもしれないと思いました。
人を襲うタイプの熊相手に銃を使わず、犬達と共に肉弾戦で打ち倒すという展開はややファンタジーではありますが、だからこそロマンがあって良かったですね。

最後に

救助されたキミヤのその後については一切触れられていませんが、人間の所業に対して否定的な世界観といい、ラウダ達と不本意な別れ方をしたラストといい、傷が治ったキミヤは結局また彼らが生きる自然の世界へ行ってしまうような気がしてなりません。

せきゆら
せきゆら

熊を倒してその肝臓を喰らったキミヤであれば、山生活でも何とかなりそうな気もしてきます。

PAGE TOP