【感想・ネタバレ】「颶風の王(河崎秋子)」根室を舞台にした馬の物語

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読書感想

この記事では「颶風の王(河崎 秋子)」のあらすじや感想を紹介していきます。
本書は作者のデビュー作で「三浦綾子文学賞」や「JRA賞馬事文化賞」を受賞する等、非常に高い評価を受けた作品らしいので、読むのが楽しみでした。

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【颶風の王】のあらすじ・登場人物

明治の世。
新天地・北海道を目指す捨造は道中母からの手紙を開く
―駆け落ち相手を殺されて単身馬で逃亡し、雪崩に遭いながらも馬を喰らって生き延び、胎内の捨造を守りきった壮絶な人生
―やがて根室に住み着いた捨造とその子孫たちは、馬と共に生きる道を選んだ。
そして平成、大学生のひかりは祖母から受け継いだ先祖の手紙を読み、ある決意をする。6世代にわたる馬とヒトの交感を描いた、生命の年代記。

「BOOKデータベース」 より

登場人物(主要人物のみ)
捨造……小作農家
ミネ……捨造の母
吉治……捨造の父
アオ……牝馬
和子……捨造の孫
松井ひかり……和子の孫 
吉川……十勝畜産大学馬研究会に所属する学生

【颶風の王】はどのような人にオススメ?

・馬を題材にした物語を読みたい人
・美しくも厳しい自然の世界を見たい人
・河崎秋子のデビュー作を読んでみたい人

【颶風の王】の感想

ネタバレが含まれておりますので、閲覧の際はご注意ください。

第一章 乱神

村の小作農家である捨造は、祖父が認めなかった男が父親であった事から、これまで「忌み子」と嘲られながら育ってきた。
そんなある日、彼は新聞に書かれている「北海道開拓民募集」という記事に強い衝撃を受け、すぐに北海道へ渡る決意をする。
旅立ちの日、餞別として母・ミネから自身の生い立ちを記録した手紙が送られ……。

ミネと馬のアオが遭難した話は、途中で読み進めるのをためらってしまうほどの壮絶さでした。
読んでいるだけで、ここまで苦しい想いをさせられる読書体験もそうそう無いと思います。
グロテスクな描写もその理由の1つではあるのですが、それ以上に遭難中の過酷すぎる状況にしばらく放心状態となりました。
特に衝撃だったのは、飢えによって馬が自身の鬣だけでなく、人間の髪まで頭皮ごと食べようとする場面。
人間側が無意識に馬を食べようとした場面は予想の範囲内だったのですが、馬が人間を食べようとしたのは全くの予想外だったので「馬相手に人間が食べられる訳が無いだろう」と当然のように思っていた自身の傲慢さを自覚させられました。

この衝撃的な遭難の話は勿論フィクションですが、下記のインタビュー曰くモデルとなった出来事はあったようです。
「同種の馬同士で鬣を食べ合っていた」というのも、人間同士で髪の毛を食べ合っているようなものだと考えるとかなり異質な話ですね。

―――第一章のいきなりの衝撃的な展開で、一気に物語に引き込まれました。あのような事件は、かつて実際にあったのでしょうか。
雪洞に閉じ込められた馬たちが身を寄せ合って命を繋いだ、というのは実際に私が住む隣の集落であったことらしいです。
その時に、飢えを凌ぐためにお互いの鬣を食べていたというのも事実です。

「羊飼い」にしか書けない小説 『颶風の王』河﨑秋子インタビュー


ちなみに話の本筋からは逸れますが、発見された直後のミネは、やせ細っていながらも捨造を身ごもった腹だけが出ていた事から「寺の地獄絵に描かれた餓鬼のよう」と例えられていました。
個人的に餓鬼は、同作者の短編集「土に贖う」に収録されている「南北海鳥異聞」という作品で『不気味な存在』として記憶に強く残っていたので、作者は餓鬼という存在に、どこでどのような影響を受けているのかとても気になります。

第二章 オヨバヌ

捨造の孫・和子の物語。
根室でようやく所帯を構えた捨造は、大戦で息子が死んだ事から、孫の和子に馬飼いの技術を教え込んでいた。
時には失敗もしつつ、馬飼いの仕事にやり甲斐を感じる和子。
しかし花島へ働きに出した馬が土砂崩れにより帰れなくなってしまい……。

てっきり私は第二章から、捨造と馬の過酷な北海道開拓ストーリーが始まるものと信じて疑っていなかったため、一気に孫の代へ飛んだのには驚かされました。

第二章で印象的だったのは、和子が馬を追いかけて森に迷い込んだ際に、シマフクロウに出遭う場面。出番は一瞬だったにもかかわらず、森へ踏み込もうとする和子に警告するあの圧倒的な迫力は今でも忘れられません。

せきゆら
せきゆら

本書では自然に対する畏怖「オヨバヌ」という言葉が登場しますが、シマフクロウはまさにその言葉を体現したかのような存在でした。

ちなみに第一章では作者が住む隣の集落で起きた出来事を題材にしていましたが、第二章で登場する花島は「ユルリ島」という実在の島をモデルにしたそうです。
実際にユルリ島のHPを見てみると、確かに昆布の採集する漁民の存在や、彼らの生活を支えるために連れてこられた馬達がそのまま島に取り残された話が語られていたりと、花島がユルリ島の影響を大きく受けた設定である事が分かります。
恥ずかしながら私はユルリ島の存在自体を知らなかったため、本書を通して学ばせていただく事が出来て良かったです。

せきゆら
せきゆら

ちなみに第二章の主人公である和子も、作者の家族や知人の話をベースにして作られた人物だそうです。

第三章 凱風

和子の孫・ひかりの物語。
ある日脳卒中で倒れてしまった和子。
一命は取り留めたものの脳機能障害が残ってしまい、花島に残してきた馬の事しか話さなくなってしまった。
ショックを受けるひかりだったが、この時偶然花島へ向かう団体に恵まれた事もあり、これを自身の転機と捉えて、花島に残された最後の馬に会う決意をする。

第二章で全体の構成は何となく理解しましたが、事前にあらすじを読んでいなかったため、まさか現代にまで話が続いていくとは思いませんでした。
これまでは北海道の開拓時代を覗いているかのような感覚で読んでいた分、第三章は出だしからいきなり「病院のICT(集中治療室)」という単語が出てきて、一気に現代へタイムスリップさせられたかのような感覚です。

そして今回は馬飼いの末裔とはいえ、馬とまったく関わりのない人生を歩んできた人物が主人公なので、捨造や和子とは大きく異なる視点から馬と関わっていく様子は新鮮でした。
また脇役ではありますが、ひかりを花島へ連れていってくれた吉川をはじめとした十勝畜産大学馬研究会の人達も、興味深い話をたくさん聞かせてくれる面白い人達です。
特にレミングの生態を通して「人間は動物から仲間はずれにされた」と解釈した話は、自分の中にはない見方だったため記憶に残りました。

最後に

文庫版は解説も含めて247ページしかないはずなのですが、6世代にわたる年代記なので感覚的にはページ数以上のボリュームを感じる作品でした。

また同作者の作品「肉弾」を先に読んでいた分、少年漫画的な熱いバトルが展開されたあちらとは全く異なる雰囲気や構成に驚かされました。

せきゆら
せきゆら

同じ「自然の厳しさ」を描いているにも関わらず、ここまで変える事が出来るのですね…。

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