【感想・ネタバレ】「土に贖う(河崎秋子)」かつて北海道に存在した産業の衰退を描く、第39回新田次郎文学賞受賞作

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読書感想

この記事では「土に贖う(河崎 秋子)」のあらすじや感想を紹介していきます。

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【土に贖う】のあらすじ・登場人物

明治30年代札幌。
蚕種所の娘ヒトエは、使用人たちと桑の葉を摘む日々。
だが、養蚕農家が増え過ぎて…「蛹の家」。
江別のレンガ工場の頭目・佐川。
過酷な労働関係で年老いた部下が斃れ…「土に贖う」。
ミンク養殖、ハッカ栽培、羽毛採取、蹄鉄屋など、可能性だけに賭けて消えていった男たち。道内に興り衰退した産業を悼みながら、生きる意味を冷徹に問う表題作他6編。
圧巻の第39回新田次郎文学賞受賞作。

「BOOKデータベース」 より

※登場人物は各編ごとに異なるため割愛

【土に贖う】はどのような人にオススメ?

・かつて北海道に興り、衰退していった産業に関心がある人
・短編ながらも内容にボリュームがある話を読みたい人
・リアリティーのある作品を読みたい人

【土に贖う】の各編感想

ネタバレが含まれておりますので、閲覧の際はご注意ください。

蛹の家(札幌:養蚕)

「桑園」という地名自体は知っていましたが、養蚕のために桑畑が多く存在していた事から「桑園」と呼ばれていた事はまったく知らなかったため、勉強になりました。
他の短編でもこの手の知識が盛りだくさんなので、北海道の歴史について学びたい人には是非読んでいただきたい作品だと思います。

そして今回、私は初めて作者の作品を読ませていただいたのですが、最初の短編から容赦なく過酷な世界を突きつけてくるストーリーに驚かされました。
はじめは何故養蚕の研究者である父親ではなく娘の方が主人公なのか疑問に思っていましたが、身売りを示唆するラストによって当時の札幌の別側面を描く意図があったのかと思えば納得です。(あくまで個人の解釈です)

せきゆら
せきゆら

名前が出ていないため断定は出来ませんが、あれは「すすきの」の事を指していたのでしょうか?

頸、冷える(野付半島:ミンク養殖)

冒頭でタクシーに乗り込む男性こそがあの主人公だと思い込んでいたため、最後の展開は予想外でした。
結局主人公自身はあの後どうなったのか、読み手の想像に任せて終わっています。
もしかしたら本人の夢である家庭を作ったのかもしれませんし、単に場所を移動しただけで仕事自体は続けていたのかもしれません。
しかし一貫して過酷な世界を描く本書では、この主人公もあまり幸福な未来を得たとは想像し難いのが悲しい所です。

せきゆら
せきゆら

主人公の心を折るために与えられたかのような出来事の連続だったので、最悪の結果まで想像してしまいます……。

翆に蔓延る(北見:ハッカ栽培)

戦争や石油ショックなど、一見話とまったく関係なさそうな出来事が、思わぬ形でハッカ栽培に影響を与えていたというのは興味深いですね。

こちらも辛い話ではあるのですが、これまでの作品と比べると後味が良かったです。
自身の意思と関係ない事情により、現状維持が出来なくなった「蛹の家」「頸、冷える」と違い、当事者の意思でハッカ栽培から撤退するという選択が出来たからでしょうか。

南北海鳥異聞(函館、渡島大島:羽毛採取)

「鳥を撲殺する羽毛産業」という衝撃の題材から「鳥の撲殺に快感を覚える悪人」という、他の題材では決して見られない主人公像が見られたのは新鮮でした。
特に無人島での凄惨なサバイバル生活のくだりは、この主人公ならではの見せ場だったと思います。

ラストは白鳥が持つ意外な凶暴性に驚かされたのですが、少し調べてみると繁殖期には凶暴化する傾向にあると書かれていました。
不用意に巣へ近づいた人間が殺された事例もあるようなので、本書の描写もあながち間違いではないようです。

せきゆら
せきゆら

私も白鳥を見る機会があったら、気をつけたいと思います。

うまねむる(江別:蹄鉄屋)

背後からクラクションを鳴らされながら急かされる馬の光景や、一頭の馬への弔いを通して、馬から車へと移行していく姿を見事に表現されていたのが印象的でした。

ちなみにあそこまで大切にしていた馬を、何の躊躇もなく乗馬のプロではない学校教員に貸した馬主に違和感を覚えたのですが、これは当時と今で、馬と人間の関わり方が変化していった事による認識の違いから来ているのでしょうか。

せきゆら
せきゆら

今だとなかなか理解が難しい所がありますね。

土に贖う(江別:レンガ産業)

表題作。
北海道でレンガと聞くとつい「旧北海道庁本庁舎」を連想してしまいますが、生産においては江別市が有名なレンガ生産地として北海道遺産に選ばれているそうです。
「土に贖う」はそんな江別のレンガ工場における過酷な作業の日々を描いています。

さすがに現在はここまで過酷な職場も存在していないはずですが、現場の実情を知らない上の人間の指示によって生じた弊害を、中間管理職が矢面に立って処理しなければいけない姿は、現代とさほど変化がないように見えてゾッとさせられますね。

暖む骨(江別:陶芸)

「土に贖う」との連作。
主人公が父親から息子へと交代しています。
本書で唯一連作となっているだけでなく、時系列が現代となっているのも特徴です。

同じ野幌粘土を題材にしていますが、レンガを生み出す工場の人間から、レンガと向き合う芸術家の視点へ話が切り替わったため、感覚的にはまったく違うストーリーのようにも見えました。

更に「土に贖う」が非常にシリアスな終わり方をしていたのに対し、こちらは「息子には過酷な仕事に就いて欲しくない」という父の願いを叶えつつ、陶芸という形で父が携わっていた野幌粘土を引き継いだ形となったので、後味は非常に良かったです。

せきゆら
せきゆら

短編集のラストに置かれた理由も頷けます。

最後に

短編集のはずなのですが、一つ一つの産業が衰退していく様が丁寧に描かれているため、ページ数以上のボリュームを味わった感覚です。
まだまだ出会っていない作品が数多くある私が言うにはおこがましいですが、短編集という形態で一篇にこれほど重みを出してくる作品は、なかなか無いのではないでしょうか。

せきゆら
せきゆら

これが七篇も続くため、満足感は非常にありました。

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