【感想】「往復書簡(湊かなえ)」手紙のやり取りだけで謎が明らかになる短編集

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ミステリー

前回感想を書かせていただいた『高校入試』に続き、同じく湊かなえの『往復書簡』について綴っていきたいと思います。
こちらは2010年に出版された単行本が初出ですが、これから読もうとしている人は文庫版で読む事を強くオススメします。(理由は後述)

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【往復書簡】のあらすじ

高校教師の敦史は、小学校時代の恩師の依頼で、彼女のかつての教え子六人に会いに行く。
六人と先生は二十年前の不幸な事故で繋がっていた。
それぞれの空白を手紙で報告する敦史だったが、六人目となかなか会う事ができない(「二十年後の宿題」)。
過去の「事件」の真相が、手紙のやりとりで明かされる。
感動と驚きに満ちた、書簡形式の連作ミステリ。

「BOOKデータベース」 より

本書最大の特徴はこの「書簡形式の連作ミステリ」。
内容は全て登場人物の手紙のやり取りから真相が明かされていく、三つの短編集です。

せきゆら
せきゆら

各視点から見た話が語られる点では『告白』『高校入試』と同じですね。

【往復書簡】はどんな人にオススメ?(レビューまとめ)

Amazonレビューでは下記のような感想がありました。

批判的な意見
・説明口調が多く、感情移入しづらい
・どんでん返しはない
・誰の手紙なのか分からず、混乱してしまう時がある

手紙という形式が賛否両論だったようですね。
読み手に話が伝わるようにするには、説明が必須なので難しい所です。
また手紙という仕様上、読み終わるまで差出人の名前が分からず混乱してしまった人もいたようですが、個人的には誰が出した手紙なのか予想しながら読むのも楽しかったです。

次に肯定的な意見を紹介します。

肯定的な意見
・短編とは思えないほどに話が濃厚
・読後感が良い
・感情移入しやすい
・手紙が良い舞台装置になっている

本書の魅力は短編集でありながら、内容にボリュームがある所です。
更にイヤミス要素も少なめなため、気軽に読みやすいと思います。
手紙という形式に苦手意識がなければオススメ出来る作品です。

【往復書簡】の感想(ネタバレ有り)

十年後の卒業文集

十年前、高校の放送部に所属していたあずみ・悦子・静香・千秋。
彼女達は同じ放送部だった浩一と静香の結婚式を機に再会します。
しかしその中で浩一の元彼女・千秋は現在行方不明となっており、式にも出席しませんでした。
夫との結婚を機に、海外で暮らしている悦子は式でこの噂を知り驚愕します。
千秋の消息を探るため、一時帰国用マンションで滞在を続ける悦子はあずみと静香に手紙を出しました。
すると千秋はとある事故を機に行方不明になった事が明らかとなり…


女性の生々しい心理描写が目立つ話。
ドロドロとした真実が明らかになるかと思いましたが…

真相(ネタバレのため伏せています)
結婚式に出席した悦子の正体は、彼女になりすました千秋。
現在貧乏劇団員をしている彼女は、郵便物転送係として悦子の一時帰国用マンションに住まわせてもらっていました。
そこへ静香と浩一から結婚式の招待状が届いたのですが、悦子は諸事情で帰国出来なかったため、みんなへのドッキリ感覚で千秋になりすましをお願いしました。
しかしみんなは全く気づかないどころか「千秋が事故を機に精神的に弱って姿を消した」という噂話までしてきます。
これに驚いた千秋は、皆の中で自分がどのような事になっているのか探るため、再び悦子になりすましあずみと静香に手紙を出しました。

あずみが執拗に悦子の手紙をなりすましと疑っていたため、気づいた人はいたかもしれませんね。
しかし実物を見ても千秋と悦子の見分けがつかないみんなには驚きました。
千秋が少し整形したとはいえ、誰も気づかなかった事にはどうしても違和感を覚えてしまいます。
(さすがに元カレの浩一は気づいてた節がありますが)
あずみと静香も互いに対する理解度が低かったのを見るに、想像ほど仲が良い部活ではなかったように見受けられました。

そして事故に関しては、静香の暴走が原因かと思われましたが千秋曰く

「本当にただの事故。
むしろこれを利用し全然別れてくれない浩一の前から姿を消した。
彼に自分の場所を知られたくなかったので、悦子以外と連絡を取らなかった」
というだけの話でした。

ちなみに今回心に残った台詞があったので、紹介させていただきます。

「『仮説』って大変なものだと思う。
頭のいい人が『こうだったんじゃないか』と仮説を立てて、『それもあり得る』ってなったら、仮説が真実になってしまうことをわたしは初めて知った」

「でも仮説で事実を知ったり、思い出が変わることだってあるんだよね。」

もちろん仮説が正解の可能性もあるのですが、ただの偶然に意味を見出し深読みしてしまう事もよくあります。
その仮説が正解なのか確認しないまま周囲に広めるとこうなってしまう、というのがよく分かるお話でしたね。

二十年後の宿題

主人公は高校教師をやっている大場敦史という人物。
『十年後の卒業文集』に出てきた元放送部の女性達が手紙に「顧問の大場先生」と書いていましたが、今回主人公の大場淳史も放送部顧問のため同一人物かと思われます。
(今更読み終わってから気づきました…)

彼は小学生時代の恩師・竹沢先生から
「かつての教え子である六人の事を心配しているが、入院中であるため動く事が出来ない。
代わりに彼らの近況を確かめて欲しい」
との依頼を受けます。
しかし最初に会いに行った先生の教え子・真穂から竹沢先生と彼ら6人は20年前に起きた事故の当事者であると教えられ…


個人的に一番気に入った作品でした。
同じ事件でも当事者の視点によってこんなにも見方が変わるのかと驚かされます。
そしてこのまま事故の真相を追うのかと思いきや、全く別の所から思わぬ真相が出てきて更に驚愕です。
どうやら事故の真相ではなく、竹沢先生が数多くの教え子の中から何故事件と無関係の敦史にこの依頼をしたのかが焦点だったようですね。

真相(ネタバレのため伏せています)
事故の当事者である教え子の内、最後まで連絡がつかなかった教え子は敦史の恋人・山野梨恵でした。
竹沢先生が敦史に伝えた名前は「藤井利恵」ですが、両親の離婚により名字が山野に代わった上、母親の意向で名前も「梨恵」に変えていたため、敦史は気づきませんでした。

二十年前の事故への罪悪感に縛られ続ける梨恵。
彼女は淳史と結婚するにあたり、同情されずに事故について知ってもらう必要があると考えます。
これを竹沢先生に相談した結果、今回の依頼が実現しました。

名字はともかく、名前の漢字まで変えていたというのは予想外でしたね。
気づくとしたら辰弥の「利恵」呼びに謎のいらだちを覚える敦史の様子からでしょうか。

そしてこのストーリー、何よりも川で溺れていた教え子より夫の救助を優先させる竹沢先生の姿が印象的でした。
これを見て当時は竹沢先生に不信感を抱いた教え子もいましたが、結婚したことでその判断に共感できるようになったと話します。
話としては「数年しか一緒にならない他人の子供」よりも「家族が一番」という判断を全肯定する内容となりましたが、家族を助けても「未来ある子供の未来を捨てた」という罪悪感を背負い、教え子の親から一生恨まれ続ける事になるのでどのみち地獄ですね……。
そもそもどちらも選べず、川に飛び込む事すら出来ない人も多そうです。
この場合、どうするのが正解だったのでしょうか。

ちなみにこれを原案に映画化したのが吉永小百合主演の『北のカナリアたち』です。
六人の教え子という設定は引き継がれていますが「原作」ではなくあくまで「原案」のため内容は全く異なってます。

十五年後の補習

万里子は国際ボランティア隊としてP国に二年赴任中の恋人・純一と文通を始めました。
互いの近況を報告しあいながらも話は十五年前、二人が中学生だった時に起きたとある事件の真実に迫る内容へと変化していきます。

真相が二転三転していくため、最後まで油断出来ませんでした。

真相(ネタバレのため伏せています)
十五年前、一樹と万里子を倉庫に閉じ込めたのは康孝。
彼は自身の父親が一樹の母親と愛人関係にある事で、両親が離婚秒読み状態となっていました。
そのため一樹の事も強く憎んでいた康孝は、たびたび人前で一樹にだけ聞こえるよう彼の母親を罵倒し、激昂した彼にわざと自分を殴らせる事で、周囲の一樹への評判を落とさせていました。

更に一樹を貶めようと画策する康孝は、彼が想いを寄せる万里子と2人きりで倉庫に閉じこめる事で、一樹が彼女に乱暴するよう仕向けます。
予想通り一樹は万里子に乱暴しますが、彼女は意識を朦朧とさせながら咄嗟に近くにあった角材で一樹を殴殺してしまいます。
そこに万里子を心配した純一がやってきました。
いまだ意識が朦朧としている万里子は無意識に純一へ助けを求めます。
状況を察した純一は彼女を救おうと角材をたてかけ、その下に集めたおがくずに火をつけました。
これが倒れて一樹の頭に落ちてきたと思わせるためです。
亡くなる直前に一樹が倉庫で喫煙していた事から、その吸い殻で倉庫が燃えたと見せかける事に成功します。

その後学校の屋上へ康孝を呼び出した純一は、いまだ一樹を蔑む康孝を見て怒りが爆発してしまい、彼を追い込むような言葉を放ち去ってしまいます。
これに追い詰められた康孝はそのまま屋上から飛び降り、死亡してしまいました。

事件性のない事故だった「十年後の卒業文集」「二十年後の宿題」に比べこちらはれっきとした事件でした。
話が二転三転していたのは閉じ込めた犯人・殺害した犯人・隠蔽した人間が別人だった上、万里子がその記憶を思い出さないよう純一が嘘の真実を教えていた事が原因です。
万里子は時効が成立しているため、捕まる事はありませんでした。
(純一は海外にいるため時効がまだ成立しておらず、本人は意味深に「この事実に満足」と話している)

読んでいて一番悪いのは誰なのか考えていましたが、なかなか結論が出せない話でしたね。
強いていえば康孝になるのでしょうか。
それとも康孝をそうさせた元凶である彼の父親なのでしょうか。
難しい話です。

ちなみにこの『十五年後の補習』は松下奈緒・市原隼人主演でドラマ化されていました。
短編な上、手紙でのやりとりしかないこの話をドラマ化出来たことに驚きでしたが、どうやら新たにストーリーや登場人物を追加しドラマ向けの内容に仕上げたようですね。

一年後の連絡網(文庫版限定)

『二十年後の宿題』『十五年後の補習』のエピローグ。
国際ボランティア隊に所属する男性二人による手紙のやりとりです。
非常に短い内容ですが、主人公達がその後どうなったか判明する重要な内容となってます。
単行本を読んだ際この話がなくて困惑したのですが、どうやら文庫版で追加されたエピソードだそうです。

彼らがどうなったか気になってしまった私は、急いで文庫版も読んできました。
その結果分かった事は2つありました。(下記のネタバレ参照)

ネタバレ
『二十年後の宿題』
→現在は梨恵も看護師として国際ボランティア隊に参加している。
 淳史と婚約している事も語られている。

『十五年後の補習』
→最後に純一が見た万里子の幻覚は、幻覚ではなく本物。
 真実を知った上で万里子は純一のいるP国まで会いにきた。
 二人の交際は続いている。

ミステリー要素はなく、数ページ程度しかないですが主人公達のその後が気になる方は必見です。


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