この記事では『ファラオの密室』のレビューを書いていきます。
第22回『このミステリーがすごい!2024』にて大賞を受賞した本書。
著者は起業家であり経営者という、異色の経歴に驚かされました。
【ファラオの密室】のあらすじ・登場人物
紀元前1300年代後半、古代エジプト・・・・・・死んでミイラにされた神官のセティは、心臓に欠けがあるため冥界の審判を受けることができなかった。
公式HPより
欠けた心臓を取り戻すために地上に舞い戻ったが、期限は3日。
ミイラのセティは、自分が死んだ事件の捜査を進めるなかで、やがてもうひとつの大きな謎に直面する。
棺に納められた先王のミイラが、密室状態であるピラミッドの玄室から消失し、外の大神殿で発見されたというのだ。
この出来事は、唯一神アテン以外の信仰を禁じた先王が葬儀を否定したことを物語るのか?
先王の葬儀の失敗はエジプトの危機に繋がる。
タイムリミットが刻々と迫るなか、セティはエジプトを救うため、ミイラ消失事件の真相に挑む!
登場人物(主役級の人物には青い線を引いています)
セティ…主人公。上級神官書記。半年前の王墓崩落事故で死亡。
タレク…セティの親友。ミイラ職人。
メリラア…神官長。
アハブ‥‥メリラアの護衛兵。
ジェド…セティの同僚。神官書記。
アシェリ…セティの同僚。上級神官。
カリ…奴隷の少女。異人。
パヌトム…カリの班を指揮する班長。
ペルヌウ…カリの班を指揮する副班長。
アイシャ‥‥カリの班に所属する奴隷。
アミ‥カリの主人。
スゥ‥‥カリが飼っている犬。
アクエンアテン…先代のファラオ。1年前に病死。
トゥトアンクアテン…現在のファラオ。アクエンアテンの息子。
ムトエフ…警察隊長。
メレク…神殿の衛兵。
イセシ…セティの父。書記長。
アイ…宰相。名前しか登場しない。
ホルエムヘブ…将軍。名前しか登場しない。
アテン…太陽を司る神。
マアト…真実を司る神
ネフェル…マアトの従者。
【ファラオの密室】はどのような人にオススメ?
・古代エジプト×ミステリー×ファンタジーの融合に興味がある人
・壮大なストーリーを読みたい人
・テンポが速い話の方が読みやすい人
「古代エジプトの世界観をミステリー小説の枠におさめる事に成功した」
という点が、斬新かつ本書の大きな魅力となっているため、小説そのものに馴染みが無い人でも楽しみながら読みやすいと思います。
また主人公のセティは欠けた心臓を求め、ミイラとなって現世へ帰って来たものの「3日以内に冥界に戻らなければ、魂が現世にも冥界にもいけなくなってしまう」という制限がつけられています。
その上、先王の葬儀失敗により迎えたエジプト滅亡の危機まで、期限内に解決しなければいけなくなりました。
ここまでの壮大な話をわずか312ページで綺麗にまとめ上げているため、全体的に話の展開が早く読んでいて飽きないです。
タイムリミットがある事で、緊迫感が増していたのも良かったですね。
【ファラオの密室】の感想(一部ネタバレ注意)
真相は明かしていませんが、一部ネタバレが含まれておりますので閲覧の際はご注意ください。
この世界だからこそ成立するミステリー
古代エジプトを舞台にした歴史小説であると同時に、(ありえないことが起こるという意味で)一種の異世界ファンタジーでもある。
大森望
その時点ですでに、万人向けのミステリーとは呼べないのかもしれない。
しかしこの作品は、死者が蘇る世界でなければ書けない魅惑的な謎に正面から挑んでいる。
本書は古代エジプトという題材をもとに「死者が蘇る」という設定を取り入れています。
そのためミイラであるセティのように「自分が亡くなった事件の探偵役」という、通常のミステリー小説ではありえない役割が成立するのが面白い所です。
(ただし心臓が欠けている事から、事故当時の記憶は無し)
セティ以外の登場人物達も勿論、この世界のルールに基づいた動機から行動を起こしていきます。
エジプトの知識がなくても楽しめる?
楽しめます。
これに関しては『このミス』の選評でも触れられています。
正直、最初は世界観に入っていけるか不安だったのにいつの間にかのめり込んでいました。
瀧井朝世
非常に分かりやすく描写されているうえ、探偵役がミイラだったりタイムリミットがあったり不可能犯罪のほか小さな謎がちりばめられてあったり、読ませるポイントが随所に用意されている。
はじめは古代エジプトの話だと聞いて、エジプトに詳しくない人は入りづらく感じるかもしれません。
かくいう私も、エジプトについて詳しくはありませんでした。
しかし実際に読んでみると、様々な種類の愛情、理不尽な扱いを受ける奴隷、宗教観の違いによる争いなど、古代エジプトの知識がなくてもわかりやすいテーマを扱っているため、想像以上に読みやすいです。
強いていえば登場人物が全員カタカナなので、人によってはそこで混乱するかと思います。
私も特に、メリラアの印象が二転三転したため、同一人物なのか一瞬分からなくなる時がありました。
登場人物表があるので、混乱したらすぐにチェックしましょう。
パズルのように組み合わせていく謎解き
本書はそれぞれの登場人物が起こす行動が合わさった結果、この不可解な状況が出来上がりました。
そのためパズルのように全員の行動を組み合わせなければ、真相に到達する事は出来ないようになっています。
それぞれの動機や立場を考えると、誰が犯人と呼べる位置になるのか判断しづらいため、明確に黒幕と呼べる存在はいません。
この構成により、驚くようなトリックやどんでん返しはなかったものの、読み手もセティと一緒にそれぞれの登場人物達の行動を組み合わせていき、推理しながら読み進められたのは良かったと思います。
伏線もしっかり張られているため、ミステリーに慣れていなくても推理しやすいです。
表紙はヒントになっている?
内容の面白さもさることながら、本の装丁(デザイン)も本書のオススメポイントです。
表紙を開くと見開き(本を開いた時の左右2ページ)が金色という、エジプトを意識したデザインとなっています。
更に気になったのは、表紙に描かれていた人物。
「肩まで伸ばした黒髪といわれているし、大体こういうのは主人公が描かれるものだからセティだろう」
と解釈しながら読み進めていましたが、途中で出てきた情報から
「セティじゃないのか。だとしたら特徴的にマアト?」
と考えていました。
しかしセティが親友であるタレク(ミイラ職人)と再会した時のあるやりとりから「あ、もしかしてそういう事か?!」とつい表紙を再確認してしまいました。
この美しい表紙に、そこまで匂わせる意図があったのかまでは分かりませんが、もしそうだとしたら面白い仕掛けだったと思います。
ある意味ネタバレになっているものの、早い段階であの真実を察したからこそ、タレクとセティの微妙な空気感がより鮮明に感じ取れて楽しかったです。
※表紙の人物がセティであると断定までは出来なかったため、偶然の勘違いが当たってしまった可能性も有り。
最後に
セティ達はエジプトを救うヒーローのように扱われていたのに対し、アテンの使徒やカリ(奴隷の少女)を差別していた班の者達は、徹底的に悪者として描かれているため、素直にセティ達に感情移入して読みやすいです。
途中から話が大きくなりすぎて、収拾がつかないのではないかと心配しましたが、最後は広げた風呂敷をちゃんと畳めて終わってくれたので大満足です。
読後感も非常にスッキリしたものとなっています。
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