【感想】「屍人荘の殺人(今村昌弘)」ミステリーの常識を打ち破った話題作

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ミステリー


この記事では『屍人荘の殺人』のレビューを書いていきます。
映画化された際に話題になっていたため、名前だけは知っているという人も多いかと思われます。

剣崎比留子シリーズの感想記事はコチラから↓

1.屍人荘の殺人(当記事)
2.魔眼の匣の殺人
3.兇人邸の殺人(後日更新予定)

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【屍人荘の殺人】を選んだ理由

元も私はクローズド・サークルものが好きなので本書の存在は気になっていたのですが、特殊すぎる設定があると聞き、これまで何となく手を出すのをためらっていました。

ミステリ用語としては、何らかの事情で外界との往来が断たれた状況、あるいはそうした状況下でおこる事件を扱った作品を指す。

クローズド・サークル – Wikipedia

とはいえここまで話題となり高い評価を受けたのであれば、それだけの理由があるに違いないと思い直し、今更ながら読ませていただきました。

せきゆら
せきゆら

以下、本書の紹介と感想へ続きます。

【屍人荘の殺人】のあらすじ

神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と明智恭介は、曰くつきの映研の夏合宿に参加するため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子とペンション紫湛荘を訪れる。
しかし想像だにしなかった事態に見舞われ、一同は籠城を余儀なくされた。
緊張と混乱の夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。
それは連続殺人の幕開けだった!
奇想と謎解きの驚異の融合。衝撃のデビュー作!

「BOOKデータベース」 より

本書は神紅のホームズ・明智が謎を求めるあまり、助手である葉村を巻き込みながら、曰くつきの夏合宿へ飛び入り参加しようする所から物語は始まります。
しかし何度もしつこく明智がお願いしても、映研側は彼らの参加を許可してくれません。
困っていた所に、謎の探偵少女・剣崎が明智達の前に現れます。
彼女はとある交換条件つきで、明智達を夏合宿に連れて行く事を提案しました。
剣崎に思うところはありながらも、夏合宿の誘惑に勝てない明智はその話を引き受けます。

【屍人荘の殺人】はどんな人にオススメ?(レビューまとめ)

Amazonレビューでは下記のような感想がありました。

批判的な意見
・人物描写が足りない
・ミステリーとしては邪道すぎる

全体的に人物描写の不足を指摘する声が目立ちました。
具体的には、
「剣崎が合宿に参加した理由」
「剣崎の葉村に対する感情の理由
「犯人の動機」
などが挙げられていましたね。
確かに剣崎はまだ続編で掘り下げが出来るにしても、犯人に関してはこれ以上語られる事がなさそうなので、もったいなくはありました。
しかしそれを差し引いても、単行本1冊の中でこれだけのストーリーをよくまとめられた方だと思います。


そして本書は、ミステリーにあるまじき「アレ」を登場させています。
そのため作品として評価する以前に、人によって好き嫌いがハッキリ分かれやすい内容となっていました。(後述)

対して肯定的な意見も紹介します。

肯定的な意見
・ミステリー初心者でも読みやすい
・トリックが本格的
・ミステリーとエンタメが上手く融合している
・推理自体は王道かつ古典的

ミステリーに関する基礎的な知識を葉村に説明させていたりと、初心者に配慮している場面がちらほら見られます。
登場人物の名前も、容姿や性格からイメージして決められているので覚えやすいです。
いちいち誰が誰なのか確認する必要がありません。
〈紫湛荘の管理人=菅野唯人など〉
おかげで非常に読みやすかったです。


またエンタメに振り切った内容であるにも関わらず、推理ものとしては至極真っ当なトリックだった所もギャップがあり、評価されていました。(後述)

せきゆら
せきゆら

パニック映画が好きな人にも刺さりそうです

【屍人荘の殺人】の感想(ネタバレ注意)

パニックホラーにおいて定番の「アレ」と融合

これ、すごいよ。
あのネタをクローズドサークルに利用するだけでなく、トリックにも密接に組み込んでいる。

太田 忠司

本書は一般的なミステリーでは存在しないはずである、ゾンビを堂々と出してきます。
これはなかなか思い切った試みですね。
一歩間違えればイロモノになりかねない危うさもあります。
それでも『屍人荘の殺人』が本格ミステリーと評価されたのは、引用にある言葉通り、ゾンビをクローズド・サークルとして上手く使いこなしていたからです。

これまで様々な形でクローズド・サークルは形成されてきました。
例えば、かの有名なアガサ・クリスティーも『そして誰もいなくなった』では絶海の孤島で、『オリエント急行殺人事件』では豪雪により立ち往生した列車で閉鎖された空間を作り上げています。
そのためクローズド・サークルの作り方は既に出しつくされた感がありましたが、本書のようなやり方は過去に類をみないものでした。
ゾンビ映画における「大量のゾンビから逃げ、大きな建物内に立てこもり」という定番の状況を、クローズド・サークルとして利用したのです。

更に登場人物達が立て籠もったペンションの中で起きる連続殺人にも、ゾンビが凶器として使用されます。
このゾンビを使ったトリックが、ユニークなだけでなく本格的に作られていた事が、本書が評価された理由でしょう。

ミステリーのお約束が通じない

ゾンビに気を取られがちですが「ホームズ(明智)が序盤で死ぬ」というミステリーの常識を覆すような展開も、本書における大胆な試みです。

明智はシリーズの主役を張ってもおかしくないほど、丁寧な人物造形がなされていました。
ワトソン役である葉村ともアクセル(明智)&ブレーキ(葉村)と例えられるほどの信頼関係を築いています。
そのため読み手は完全に「探偵役の明智が序盤であっさり退場する訳ないだろう」と確信しながら読み進めてしまうのです。
こればかりは疑う事が難しいため、避けようがなかったですね。
今後ミステリーを読むたびに、探偵すら疑いながら読んでしまいそうです。

それにしても、こちらを騙すのが目的とはいえ、明智は魅力的な描かれ方をしていたため、ここで落とすには惜しい人物でしたね。

謎解きの難易度は?

トリックについては、ちゃんと答えに辿り着けるよう伏線が散りばめられているため、難易度は抑えられていました。
ヒントどころかほぼ答え(重量オーバー等)までハッキリと言ってくれます。

しかし「誰か犯人か」という話になると一気に難易度は上がりました。
犯人を特定出来るヒントが少ない上、読み手側の視点であるはずの葉村が犯人を庇い、嘘をついていたからです。
「ホームズが序盤で死ぬ」というイレギュラーが起きた以上、ワトソン役である葉村がただの助手で終わる訳がなかったですね。
私もトリックまでは分かったのですが、そこから
「犯人はたった一夜で大量の銅像を運べた。
なら撮影に使う道具や大量のコーラをペンションに持ちこめた程の力を持つ重元が犯人だ。
ゾンビオタクとして凄まじい知識量を持つ彼であれば、即席でゾンビをトリックに組み込むのは簡単だ!」
と盛大に勘違いし、犯人を間違えました。
今思うと作者のミスリードにまんまと引っ掛けられた気がしますね。
重元、手帳の件といい露骨に怪しすぎました。
とはいえ彼も彼で意味深なラストを迎えたため、別の意味で怪しさが増しましたが……。

印象に残った重元の言葉

本書におけるゾンビは、ミステリー以外の部分でも大きな役目を果たしていました。

もはやゾンビは単なる恐怖やグロさだけでなく、逆に人の罪深さ、貧富による格差や弱者と強者の存在、友情や家族愛、仲間が一瞬にして敵に回るという悲劇性など様々な要素を表現しうる存在になった。
人々はゾンビにエゴや心象を投影するんだよ。

重元 充

全ての真相を知った葉村は、重元のこの言葉が本当であったと悟ります。
まさにゾンビを目の前にした葉村達こそが、自身のエゴや心象をそれぞれゾンビに投影していたのです。
具体的に誰がどのようなエゴ・心象をゾンビに投影していたのかは、終盤で葉村が簡潔にまとめてくれます。

重元にとって興味の尽きぬ謎の塊であったように、
俺にとって人の無力さを思い知らせる災害であったように、
比留子さんにとって彼女の特異な体質が招き寄せる過去最悪の脅威であったように、そして立浪にとっては愛という正体不明の病気に踊らされる愚者の姿であったように___
静原にとっては人の命を二度奪うという、前代未聞の復讐を可能にせしめた道具だった。

葉村 譲

中でも犯人・静原がゾンビに投影した「復讐の啓示」というエゴは思わぬ視点でしたね。
「ゾンビの群れの中に放り込み人間としての死を与えてから、ゾンビとして復活した所を殺害」
という犯人サイドの発想は全く想像すらしませんでした。
復讐方法としても斬新すぎます。

ミステリ愛好会に入部した女性は誰?

剣崎です。
直前で葉村が「あなた(剣崎)の助手にはなれない」と断る場面が差し込まれているため別人のように見えますが、口調や容姿の特徴は剣崎そのものです。

また、その女性は「例の機関の調査報告」と言っていますが、小説の冒頭で剣崎も班目機関についての調査報告を受けているため、間違いないでしょう。
しかし葉村が助手の誘いを断ったにも関わらず、何故2人で行動を共にしているのでしょうか。

あくまで予想に過ぎませんが剣崎は元々葉村に好意があったため、そのままミステリ愛好会に入部してもおかしくはないです。
事件を引き寄せる体質の彼女にとっては、体質を気にせずに接してくれる葉村の存在は貴重でしょうし。
対して葉村は事件中に自身が起こしてしまった事への償いのために、班目機関を追いかける意思がありました。
そのため剣崎がミステリ愛好会に入る形で、協力関係になったのだと思います。

わざわざ助手ではない形で協力関係となったのは、やはり明智の存在が理由でしょう。
葉村はあくまで、剣崎ではなく明智を「俺のホームズ」と呼んでいたため、ワトソンとしての葉村は明智が死んだ時に、一旦その役目を終えたのだと感じました。
その方が明智亡き後、ワトソン失格とも取れる行動を起こしていたのにも説明がつけられますし。

葉村は明智を奪われたきっかけでもある班目機関を追いかけ、どう決着をつけるつもりなのでしょうか。

最後に

意見が真っ二つに割れる作品だったようですが、いずれにせよデビュー作でこのネタを思いつき、382ページで全てまとめ上げた作者の手腕はお見事と言わざるを得ません。

今回解けなかった謎もまだまだあるため、続編でこのあたりの謎が掘り下げられる事を期待しています。



追記
続編『魔眼の匣の殺人』のレビューを書きました。

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