【感想】「人間標本(湊かなえ)」猟奇的な美への探求が起こす悲劇

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ミステリー

この記事では『人間標本(湊かなえ)』の内容や感想について紹介しています。

本書は江戸川乱歩の作風を意識した作品であり『人間標本』というタイトルも『人間椅子(江戸川乱歩)』のオマージュである事がインタビューにて明かされています。

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【人間標本】のあらすじ・登場人物

蝶の目に映る世界を欲した私は、ある日天啓を受ける。
あの美しい少年たちは蝶なのだ。
その輝きは標本になっても色あせることはない。
五体目の標本が完成した時には大きな達成感を得たが、再び飢餓感が膨れ上がる。
今こそ最高傑作を完成させるべきだ。
果たしてそれは誰の標本か。
―幼い時からその成長を目に焼き付けてきた息子の姿もまた、蝶として私の目に映ったのだった。
イヤミスの女王、さらなる覚醒。
デビュー15周年記念書下ろし作品。

「BOOKデータベース」 より

登場人物(中心人物は黄色の線)

榊史朗……蝶の研究者。
榊至……史朗の息子。作品6『マエモンジャコウアゲハ/クロアゲハ』
史朗の両親……故人。史朗の幼少時代のみ登場。
深沢蒼……留美の後継者候補。作品1『レテノールモルフォ』
石岡翔……留美の後継者候補。作品2『ヒューイットソンミイロタテハ』
白瀬透……留美の後継者候補。作品4『モンシロチョウ』
赤羽輝……留美の後継者候補。作品3『アカネシロチョウ』
黒岩大……留美の後継者候補。作品5『オオゴマダラ』
一之瀬留美……「色彩の魔術師」と呼ばれた芸術家。
一之瀬杏奈……留美の娘。 
一之瀬佐和子……留美の母。 
一之瀬公彦……留美の父。
ジョン……元警察犬。 
神楽坂蓮音……ジョンの飼い主。小説家志望。

【人間標本】はどのような人にオススメ?

・蝶の知識がある人
・悲しさや、やるせなさを感じさせるイヤミス(後味が悪いミステリー)が好きな人
・「父と息子」という題材に興味がある人

作者が何人もの読者から「イヤミスを待ってます」とリクエストされたのをきっかけに誕生した本書。

イヤミスとして有名な作者のデビュー作『告白』から15周年という事で、原点回帰にもなる作品となっています。(『湊かなえ『人間標本』インタビュー』より)

更にただ原点回帰するだけではなく、今回は新しい試みとして、作者の著書では珍しい『父と息子』という題材に挑戦しています。

女性の心理描写が作者の得意分野というイメージが強かったので、勝手に今回も女性猟奇殺人鬼の心理を描く話だと勘違いしていた私は、読み始めていきなり驚かされました。

せきゆら
せきゆら

同時にこれまでの作品でなかなか見られなかった、父親目線のストーリーが見られる事にワクワクしましたね。

【人間標本】の感想

一部ネタバレが含まれておりますので、閲覧の際はご注意ください。

冒頭から衝撃

本を開くと、まず人間標本の口絵(巻頭イラスト)が目に飛び込んできたのが印象的でした。
これは本編の中で作られた人間標本そのものです。

いきなりだったので初めは美しいイラストだと思いぼんやりと眺めていましたが、やがてこれが本物の人間達なのではないかとようやく気づきゾッとさせられました。

タイトルで覚悟していましたが、前触れもなく出だしから標本を見せられるとやはり怯みます。
「本当にこの先へ進む覚悟があるのか」と問われているような気分になりましたね。

せきゆら
せきゆら

実際、先へ進むと追い打ちをかけるような展開で心を抉ってくるため、あながちその認識も間違いではなかったと思います。

擬人化する蝶

犯人の動機から作品の名前まで、一連の『人間標本』事件にあらゆる意味で深い関わりがあった「蝶」
作品にされてしまった少年達の体にも、蝶の標本が取り付けられていますが、それぞれの容姿や性格によく似た蝶が選ばれていました。

インタビューを読む限り、実際には蝶の種類ごとの特徴を元に少年へと擬人化させる形で設定を練り上げていったそうなので「この蝶が人間だとしたら」という著者の独自な解釈が見られるのも本書の面白い所です。

少年1人1人の物語もしっかり描かれているため、どれも興味深かったのですが、個人的にはアカネシロチョウ(赤羽輝)が印象に残っています。
口絵を見た時は一瞬どこも切断されていないように見えましたが、よく見ると切断した首を180度真後ろに回転させるような形で接着している事に気づき、背筋が凍りました。
しかし実際に赤羽輝本人に迫ってみると
「一見地味な印象を受けるが、背面はとても美しい」
というアカネシロチョウとの共通点があり、そこから例のデザインが作られたと知って腑に落ちました。
(「背面が綺麗なら、せめて後頭部は切断しないでやってくれ!」と思わなくもないですが……。)

せきゆら
せきゆら

赤羽自身が描くアートや過去も、それ単体で話が作れそうなレベルのものなので、読んでいて引き込まれました。

オチへ辿り着くまでの過程こそが面白い

ラストのオチについては、被害者達の共通点から何となく察せられるものとなっていました。
むしろ読んでいて、あの人物が気にならない人の方が少ないかもしれません。
しかしオチそのものよりも、そこへ至るまでの構成の方に力が入れられていたように思えます。

てっきり最初から最後まで史朗の自白を聞かされ続けるのかと思いきや、思わぬ場面転換で戸惑い、そこから二転三転していく展開に振り回されてしまうのですが、個人的にはその部分が1番楽しめました。

またオチに使われた人物に関しては、度々触れられてはいるものの本人視点の話が無いため、他者から出てきた情報でしか知る術がありません。
主観ですがあくまで話の中心は榊父子だったので、その人物についての掘り下げはあまり重要視していなかったように見えました。
そのため真相の推理よりも、そこに至るまでの流れや榊父子の心情に入り込んだ方が楽しめる作品だと思います。

最後に

イヤミスへの原点回帰と言われていた通り、読後感は暗いものとなっていました。
不快というよりは、行き場の無い悲しみで気持ちが沈みます。
口絵を見て覚悟は出来ていたはずなのに、読んでいる途中も想像していたものとは異なる展開から殴られ、心が折れそうになりました。

せきゆら
せきゆら

それでも小説として純粋に面白いので、先へ読み進められてしまうのが本書の恐ろしい所です。

猟奇的な内容なので、映像化は難しそうな作品かと思いましたが、本書の内容は作者が数年前、某番組の企画で「稲垣吾郎を主人公にしたミステリー」を考えた際に作り上げた内容と一致しているらしいため、稲垣吾郎で映像化する可能性はありそうです。
(「これ本当にやりたい」 湊かなえ氏が6年熟成させた“自身が主人公のミステリー”に稲垣興奮より※内容についてネタバレ有り)

今思えば主人公の名前が「史朗(しろう)」だったのも「吾郎(ごろう)」にかけていたという事でしょうか。

せきゆら
せきゆら

蝶博士のイメージが合う上、前半と後半でガラリと印象が変わる史朗をどう演じるか気になるので、是非映像化して欲しいですね。

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