【感想】「Nのために(湊かなえ)」登場人物が「N」だらけの純愛ミステリー

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ミステリー
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【Nのために】のあらすじ

超高層マンション「スカイローズガーデン」の一室で、そこに住む野口夫妻の変死体が発見された。
現場に居合わせたのは、20代の4人の男女。
それぞれの証言は驚くべき真実を明らかにしていく。
なぜ夫妻は死んだのか?それぞれが想いを寄せるNとは誰なのか?
切なさに満ちた、著者初の純愛ミステリー。

「BOOKデータベース」 より

「純愛ミステリー」は既に『往復書簡』でやったのでは?と思っていましたが、こちらが先だったのですね。
『Nのために』というタイトルを見て、特定の誰かがNのために事件を起こしたのだと思いながら読んでいましたが、あらすじにある通りそれぞれが別のNに想いを寄せており、Nのために様々な行動を起こします。
そのため登場人物も下記のとおりNだらけです。

杉下希美(すぎした ぞみ)
成瀬慎司(るせ しんじ)
安藤望(あんどう ぞみ)
西崎真人(しざき まさと)
野口貴弘(ぐち たかひろ)
野口奈央子(ぐち おこ)
野バラ荘管理人(ばらそうかんりにん)

「登場人物がNだらけ」という設定はなかなか斬新ですね。
Nどころか名前の読みすら同じ人物までいます。

本書は真犯人やトリックよりも、どのNがどのNのために何をしたのかを考えながら読む事となります。

【Nのために】はどんな人にオススメ?(レビューまとめ)

Amazonレビューでは下記のような感想がありました。

批判的な意見
・過去と未来の話がまざっており、構造が複雑
・集中して読まなければ理解するのが難しい。

軽く流し読みするのは難しいという感想が多かった印象です。
逆にいうと、じっくり考えながら読みたい人には向いてますね。
次に肯定的な意見も見てみましょう。

肯定的な意見
・ストーリー展開が上手い
・相変わらずの面白さ
・杉下の描き方が素晴らしい
・読み手によって様々な解釈が出来る

本書において主人公に近い立ち位置である杉下の描かれ方が高評価だったようです。
純粋に小説としてのクオリティも高い上、トリックを推理する必要もあまりないため、ミステリーが苦手な人にもオススメ出来る作品だと思います。

【Nのために】の感想(ネタバレ無し)

『Nのために』はイヤミス?

湊かなえはイヤミス(後味の悪いミステリー)の女王と称される事が多いですが、本作に関してはイヤミスではないと思います。
後味が悪いというより「悲しい」「切ない」という感情の方が強かったです。
また不快感はないのですが、何故か釈然としない感覚が残りました。
事件の真実はちゃんと説明されるのに、こう思えたのは自分でも不思議です。
これまで感想を書いてきた『高校入試』『往復書簡』よりも明らかに解釈が難しい作品でした。
本書に比べると『高校入試』は元がドラマ脚本、『往復書簡』は短編だったせいか話が分かりやすくされていたように感じます。

感情移入して読むのは難しい

「純愛ミステリー」という名の通り、愛がそれぞれの動機となっています。

しかしいざ読んでみると「罪の共有」こそが愛という人物もいれば、暴力を愛とする人物等、常人には理解が難しい愛が多く「え、それも純愛ミステリーにカウントされるの?」と分からなくなってくる事もしばしば。

真相が明らかになってもどこかスッキリしない気分になるのは、彼らに共感するのが難しいからだと思います。

せきゆら
せきゆら

登場人物に感情移入して楽しみたい人とは相性が悪そうですね。

【Nのために】の感想(ネタバレ有り)

通じない想いが切ない

みんな一番大切な人のことだけを考えた。
一番大切な人が一番傷つかない方法を考えた

杉下希美


杉下は当時の事件をこう語っていました。
杉下は安藤のため。
西崎は奈央子のため。
成瀬は杉下のため。

しかし奈央子の本音や安藤視点からの話を読むと、かえって彼らを傷つける結果となっていたのがこの物語の切ないところです。

夫・野口に暴力を振るわれ、半ば監禁状態にある奈央子を愛してしまった西崎は杉下と成瀬を巻き込み、奈央子の救出作戦を立てます。
杉下が野口と将棋を指し、足止めしている間に西崎は奈央子を連れ出そうとしますが、彼女はそれを拒否します。
奈央子にとって許せないのは野口の暴力ではなく、愛する野口が杉本と親しくなることでした。
その後西村に襲いかかる野口を止めようと、杉下は彼に向かって花瓶を振り上げます。
そのまま床に向かって叩き落とし、野口の意識を逸らそうとしたのです。
しかし奈央子はこれを見て「杉下に野口を奪われる」と嫉妬。
野口を杉下に殺される前に、自分の手で殺したいと思った彼女は彼を殺害します。
その後、自身もその後を追いました。
西崎の想いは彼女に通じませんでした。




そして杉下達は、奈央子救出計画に安藤を加えませんでした。
野口の部下であり、出世欲が強い安藤を巻き込みたくなかったからです。

しかし杉下は野口を足止めしていた時に、彼が安藤を海外の僻地に飛ばそうとしている事を知ります。
安藤の出世の道を守りたい杉下は独断で計画を変更。
「奈央子が西崎と逃げようとしている」と野口に吹き込み、怒りに任せた彼が西崎を殴る事で逮捕されるよう仕向けます。

しかし野口の暴走は杉下の想像以上でした。
このままでは西崎が死ぬと考えた杉下は花瓶で意識を逸らそうとしますが、これを許せなかった奈央子も暴走を始め、最終的に二人は亡くなってしまいました。
杉下は殺人事件に発展させてしまった事を悔やみながらも、安藤の出世の道を守れた事には安堵します。


しかし当の安藤は仲間として自身も計画に巻き込まれたいと思っていました。

自分だけよく分からない企みから外された疎外感に加え、安藤の意識を野口家から逸らそうとした西崎が「杉下に男(成瀬)がいる」とほのめかした事で嫉妬してしまい、二人が何かしているであろう野口家の扉を、外側にあるチェーンをかけることで閉ざしてしまいます。
これにより西崎は扉から逃げられず野口に殺されそうになり、事件へと発展してしまいました。

その上安藤が出世を目指していたのは過去の話でした。
出世のためなら部下の手柄すら奪う野口が段々滑稽に見えてしまい、出世に価値を見出さなくなっていたのです。
むしろ想いを寄せる杉下を連れ、世界の果てのような国(海外の僻地)に行くのも良いと思っていました。

しかし事件と成瀬の存在が影響したのか、後に責任ある立場で海外へ赴任しましたが、その隣に杉下の姿はありませんでした。


一方、学生時代から杉下に想いを寄せる成瀬は、事件から十年経過した後も彼女と交流を持ち続けます。
しかし杉下は両親からほぼ育児放棄されて育った過去から、一人の力で生きる事を決意していました。
その上、病により余命半年と宣告された事で「結婚してなくて良かった」とその意思を強めます。
そんな彼女の元へ、時々見舞いに訪れる成瀬の想いは成就したかといわれると微妙な所です。

せきゆら
せきゆら

大切な人と事件後も一緒にいられた唯一の人物ですが、ハッピーエンドとも言い難いですね。

異質すぎる杉下と西崎の関係

成瀬・安藤は杉下を。
西崎は奈央子を。
奈央子は野口に想いを寄せているため「純愛ミステリー」と呼ばれていた訳ですが、こうなると異質に見えてくるのが杉下と西崎の関係。
西崎は奈央子を愛している上、杉下は西崎を「マイナス同士なので恋愛関係にはなれない」と言っています。
二人のやりとりからも男女の恋愛的な空気は全くありません。
杉下に好意を持つ安藤すら、西崎が杉下に近づいても全く嫉妬しませんでした。


しかし「罪の共有」こそ愛だと語る杉下が、実際に罪を共有する事になった相手は西崎です。

罪の共有は成瀬ともしているのでは?と思いますが成瀬は事件の真相までは知りません。
西崎が野口を殺してしまったと嘘を伝えられています。

また過去に火事が起きた際、状況的に成瀬が放火したと思った杉下は偽のアリバイを作ることで彼を守りました。
これこそ罪の共有なのではないかと思いかけますが、結局「成瀬は火事と無関係」というオチだったため、そもそも罪がありません。(まあまあ酷い冤罪です)

決定的なのは安藤からも「十年間、本当に罪を共有していたのはこの二人(杉下と西崎)だったのではないか」とはっきり言及されていた事です。
そのため本当の意味で杉下が罪の共有をしていたのは西崎と見て良いでしょう。
しかし何故杉下の語る愛(罪の共有)の相手が安藤でも成瀬でもなく、西崎なのでしょうか。

西崎はこう話しています。

おまえの究極の愛は、罪の共有なんだろ。
野バラのじいさんが言うには、俺たちは似たもの同士らしい。
愛はないかもしれんが、罪を共有してくれ

西崎真人

野バラ荘の管理人は杉下と西崎を似たもの同士だと言っています。
西崎が自身の過去を投影して書いた小説「灼熱バード」の話を安藤から聞いた際には、その話に出てくるトリ(西崎)を杉下だと思ったほどです。
これを聞いた安藤は理解に苦しみながらも、杉下が自身の過去の話を一切していなかった事に気付きました。
そこから杉下と西崎には何か共通点があり、彼らにしか分かり合えない何かがあったのではないかと考えます。

この安藤の推測は当たっていました。
「灼熱バード」には熱いオーブンに置かれた餌を、火傷を承知で生きるために啄むトリの姿が描かれています。
これは西崎が母親から食事をもらう代わりに、火傷の痕をつけられていた過去を投影させています。
対して杉下も、生きるために仕方なく父親の愛人から食事をもらうたびに、毎回土下座をさせられていた過去を持っていました。
灼熱バードを読んだ彼女は、このトリは西崎であり自分でもあると分かってしまいます。
だからこそ感想を言いたくなかったため、途中までしか読んでいないと嘘をつきました。
しかし西崎も杉下の言動から、灼熱バードを最後まで読んでいないという話は嘘だと見抜きます。
二人は罪を共有する以前に、過去まで共有していたのです。




これは憶測ですが、杉下と西崎の関係は「もう一人の自分」だったのではないでしょうか。
だからこそ罪も過去も共有する運命にあったのではないかと思います。

【Nのために】のまとめ

読めば読むほど何が「純愛」なのか分からなくなってくるお話でした。
もっと感性を磨けば彼らの愛を理解出来るのでしょうか。
正直自信がないです。
登場人物一人一人の感情に対する解釈が難しく、同じ読み手側でも受け取り方が分かれていそうですね。


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