この記事では『冬期限定ボンボンショコラ事件(米澤穂信)』のあらすじや感想を紹介していきます。
第1作目「春期限定いちごタルト事件」にて小市民シリーズが始動してから約20年。
ついに完結編が出てしまいました。
完結まで持っていってくれたのは嬉しいですが、やはり寂しさもありますね。
小市民シリーズの感想記事はコチラから↓
1.春期限定いちごタルト事件
2.夏期限定トロピカルパフェ事件
3.秋期限定栗きんとん事件
4.巴里マカロンの謎
5.冬期限定ボンボンショコラ事件(当記事)
【冬期限定ボンボンショコラ事件】のあらすじ・登場人物
小市民を志す小鳩君はある日轢き逃げに遭い、病院に搬送された。
東京創元社HPより
目を覚ました彼は、朦朧としながら自分が右足の骨を折っていることを聞かされる。
翌日、手術後に警察の聴取を受け、昏々と眠る小鳩君の枕元には、同じく小市民を志す小佐内さんからの「犯人をゆるさない」というメッセージが残されていた。
小佐内さんは、どうやら犯人捜しをしているらしい……。
冬の巻ついに刊行。
登場人物
船戸高校3年
小鳩 常悟朗……主人公。小佐内の理解者。
小佐内 ゆき……ヒロイン。小鳩の理解者。
堂島 健吾……元新聞部部長、小鳩とは腐れ縁の仲。
過去編(中学時代)
日坂祥太郎……中学3年、小鳩のクラスメイト。
牛尾……同上、日坂とは部活も同じ。
藤寺……中学2年。日坂の後輩。
麻生野……小佐内の知り合い。
【冬期限定ボンボンショコラ事件】はどのような人にオススメ?
・寝台探偵モノが好きな人
・小市民シリーズの過去作をすべて読んだ人(重要!)
・苦みのある青春ミステリーが読みたい人
【冬期限定ボンボンショコラ事件】の感想
内容に関するネタバレが含まれております。閲覧の際はご注意ください。
ついに明らかになる小鳩と小佐内の過去
過去作にて「中学時代のある失敗から、高校では小市民を志している」と語っていた小鳩(+小佐内)。
本書ではついにその失敗について明かされます。
2人の関係についてはすでに第3作目「秋期限定栗きんとん事件」である程度定まったため、残るは過去の精算のみという事でしょうか。
実質「小市民シリーズ エピソード0」でもありますね。
過去編は「最後で失敗する事」を前提に語られるので、どこから落ちていくのか終始不安な気分で読み進めました。
中学時代の小鳩は「クラスメートを轢き逃げするなんて許せない」という建前を使って虚栄心を満たそうとするタチの悪さが目立ちましたが「せめて犯人を捕まえて、日坂くんの治療費だけでも何とかしてあげたい」という想い自体は嘘ではなかった事が、より過去を苦々しくさせていますね。
しかしその想いすら汲み取ってくれた日坂くんの存在が一服の清涼剤となってくれたため、後味はそれほど悪く無いお話でした。
今回はいろんな意味で日坂くんに救われましたね。
その一方で、小佐内の苦い過去も明らかになります。
あの小佐内にどんなトラウマが……?とずっと気になっていましたが「相手に優位を奪われた結果、物理的な危機に遭わされる」という何とも彼女らしい物騒な事情だった事には、妙な安心感がありました。
小鳩視点なので小佐内の事情についてハッキリ明かされる事はありませんでしたが、小佐内に限ってはあのミステリアスさが魅力でもあるため、詳細は伏せたまま終わって良かったと思います。
そして過去と同時に小鳩と小佐内の出会いも描かれたのですが、初対面からお互いの個性が全開だったのには笑いました。
だからこそすぐに同類だと察し合えたのでしょうね。
過去編は事件に関する話だけでなく、2人が打ち解けていく過程も描写されているのがシリーズファンとして嬉しい所です。
小市民として2人が再スタートする場面は省略されていたので、機会があればどこかでその場面も描いて欲しいと思いました。
寝台探偵を利用した面白い構成
出だしからいきなり小鳩が車に轢き逃げされるという、ショッキングな展開で始まった本書。
重傷の彼は終始病室のベッドから動けず、他者からもたらされた情報や先述の過去を頼りに、轢き逃げの犯人を推理しなければいけません。
そのためこれまでの小市民シリーズと違い、本作は寝台探偵モノと化しているのが特徴です。
寝台探偵モノにした事によって、事件の調査パートは「小佐内に任せる」という形で省き、読み手は過去を回想する小鳩の視点から、過去編の世界へ没入していける構成を可能にしていました。
また過去編の合間に、小鳩の院内での生活も描写されます。
食事をするシーンやリハビリをするシーン等、はじめは何気なく読んでいたのですが……後になってこれは「事故に遭った入院患者」という彼の立場に感情移入すればするほど、犯人を疑えなくなるようにする罠であった事に気付かされ、脱帽しました。
「夏期限定トロピカルパフェ事件」でも予想外の構成に驚かされましたが、本作もまた別の方向性から構成が練り上げられていて、感服させられてしまいます。
ラストシーンの2人のやりとりは必見
ラストで小鳩と小佐内が年越しをするのですが、このシーンはシリーズ史上最高といって良いほどの名場面だったと思います。
過去作を集約したやりとりといい、台詞部分の言葉選び(特に小佐内)といい、あのタイミングで聞こえてくる除夜の鐘の音といい、どれをとっても素晴らしい場面でした。
小市民シリーズを追いかけてきた人ほど心に響く場面だと思うので、過去作を読んでいない(もしくは刊行に間が空きすぎて内容を覚えていない)人には是非第1作目である「春期限定いちごタルト事件」から、このラストシーンへ辿りついて欲しいと思いました。
そして肝心の小鳩と小佐内の高校卒業後の関係についてですが、こちらはかなり前向きなものとなっています。
この先は読み手の想像に任せるという事なのか、はたまた大学編への伏線なのでしょうか。
出来れば後者だと嬉しいですね。
最後に色々(犯人や堂島の話を少しだけ)
犯人から小鳩への凄まじい復讐劇を見せられましたが、それを悪気なく「冬期限定ボンボンショコラ事件」と呼ぶ小鳩の天然ぶりもなかなかでした。
シリーズ上の都合でこのような名前になるのは仕方ないのですが、それにしても小鳩のメンタルが強すぎます。
小佐内からもらったボンボンショコラが名前の中心にいるのも「小鳩が女連れなのが気にくわない」という理由で小佐内まで轢こうとした犯人への、意図しない煽りのようになっていて面白かったです。
しかも復讐によって、結果的に小鳩&小佐内が大学以降も一緒にいられる可能性を生み出してしまったりと(犯人にとっては)何とも皮肉な結末を迎えています。
そして、ここまでまったく話題に上がってこない堂島ですが「中学が別だったので小鳩の苦い過去を知らない」という設定である事から、過去編には一切登場しません。
しかし少ないながらもインパクトのある出番と活躍が与えられていたのは嬉しかったです。
堂島の進路についてはハッキリ明かされないまま終わっているため、もしかしたら大学でも小鳩との腐れ縁が続くのかもしれません。
彼らのその後も非常に気になるのですが、ひとまず高校生活を最後まで見届けさせてもらう事が出来て本当に嬉しかったです。