【感想】「魔王の島(ジェローム・ルブリ)」真実が幾度もひっくり返るフレンチミステリー

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ミステリー

本書はフランス発の作品です。
2019年にコニャック・ミステリー大賞に選ばれたりと本国にて高い評価を受け、2022年に日本でも翻訳されたものが発売しました。
タイトルにもある通り、ゲーテの「魔王」がモチーフとして使われています。

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【魔王の島】のあらすじ

祖母の訃報を受け、彼女は孤島に渡った。
終戦直後にここで働き始めた者たちだけが住む島は不吉な気配に満ちていた。
かつてこの島に逗留し、のちに全員死亡した子供たちが怖れた魔王とは?
積み重なる謎。
高まりゆく不安と恐怖。
果たして誰が誰を欺こうとしているのか?
何重もの罠を張り巡らせた究極のサイコ・サスペンス。
2019年度コニャックミステリー大賞受賞作。

「BOOKデータベース」 より

あらすじには終戦直後と書かれていますが、物語の冒頭は2019年9月、フランソワ・ヴィルマンという教授が学生達に講義を行う所から始まります。彼は、
「1980年代に起きた〈サンドリーヌの避難所事件〉の話をしよう。
質問は事件の詳細を説明してから答える。
ただしこの事件はどこにも記録されておらず、ネットで検索しても出てこないという事だけ先に伝えておく。」
と言い、あらすじにある物語を語り始めました。

【魔王の島】はどんな人にオススメ?(レビューまとめ)

Amazonレビューでは下記のような感想がありました。

批判的な意見
・ミステリーとしては反則
・推理させる気が無い

Amazonの紹介文にも「反則スレスレの大驚愕」とある通り、ミステリーとして推理する事はほぼ不可能な内容となってます。
その理由はネタバレになるため後述します。

私も一応推理しながら読んではいましたが、真実にはかすりもしませんでしたね……。
その一方で肯定的な意見も紹介します。

肯定的な意見
・サイコ・サスペンスとしてのクオリティーは高い
・楽しく読み進められる
・刺さる人には刺さる作品

読む前は「国内ミステリーではないため、内容が理解しづらいのではないか」と心配していましたが、いざ読み始めてみると非常に読みやすかったです。
更にどんでん返しの連続で、読み手を飽きさせません。
またミステリーとしては意見が分かれていますが、サイコ・サスペンスとしての評価は高いようです。

せきゆら
せきゆら

暴力的な表現等が多く含まれるため、苦手な方はご注意下さい。

【魔王の島】の感想(ネタバレ注意)

以下の感想はネタバレが含まれているため、ご注意ください。

一貫したテーマ

めまぐるしく時系列や登場人物が切り替わる本書ですが、どの場面においても必ず重要となっていたのが〈心の避難所〉という言葉です。
この言葉は全体を通し共通のテーマとなっています。
心の避難所について、作中ではこう解説されていました。

「心の避難所というのは、別に特別なものではない。
私たちはみんな、普段から心の避難所を利用しているんだ。
それもたいていは無意識に利用している。」

「意識的にしろ無意識にしろ、人生が与えた試練を乗り越えようとするとき、私たちはその助けになるよう心の避難所をつくっているということだ」

フランソワ・ヴィルマン

「現実逃避」と言い換えた方が分かりやすいかもしれませんね。
ヴィルマン教授は〈心の避難所〉の例として、麻薬やアルコール・宗教等を例として挙げつつ、暴力も自分の弱さから逃げるための避難所であるとしています。
これだけ聞くと実感が湧かないかもしれませんが、好きなグループに熱中する(スポーツ観戦や推し活)等、私達にとって身近な行為も〈心の避難所〉に該当するらしいです。

更にヴィルマン教授はこのような具体例まで挙げてきます。

作家というのは往々にして、あふれる言葉を書きとめながら、実は心の奥深くにある不安を作品に投影している。
そして、その不安を永久に手放したいと願って、作品に閉じ込めようとする。
つまり、作家は物語をつくりだすことで、自分にとっての悪魔から逃げているということだ。
そうやって、鏡に映る悪魔と遭遇しないようにしているわけだよ。

フランソワ・ヴィルマン

ヴィルマン教授は講義の中で、読書や小説の執筆も〈心の避難所〉であるとしています。
これは自身と読み手の事を分かりやすく差していますね。
読書は日常から逃れ、登場人物と共に異なる世界を生きることになるため〈心の避難所〉であるとしていました。
話に夢中になっている所でこちらに話が向けられ、ビックリしましたね。
唐突に刺してくるとは思わなかったです。

その一方で小説家に対する言及は他の具体例に比べ、はるかに解像度が高いように感じられます。
「心の奥深くにある不安を作品に投影する事で、不安から逃げている」との事でしたが、一体どれだけの不安を投影すれば、このような複雑な作品が出来上がるのでしょうか。
作者に一度聞いてみたいですね。



そんな誰の心の中にもある〈心の避難所〉ですが、今回本書で取り上げられた〈心の避難所〉はあまりにもイレギュラーな形となっていました。(後述)

反則スレスレのミステリーと呼ばれた理由

真相についてネタバレしておりますので、改めてご注意ください。



トラウマ経験のある人はまさに別の記憶をつくりだすんです。
その別の記憶を、わたしは〈心の避難所〉と呼んでいます。
トラウマ体験後を生き延びるために、脳がつくる幻影とも言えますね。
それ以上苦しまなくてすむように、現実の記憶に代わる別の記憶がつくられるんです。

ヴェロニク・ビュレル

本書で語られる事件は、探偵役のダミアンという人物が脳内で作り上げた架空の話だったのです。
彼は愛娘・メラニーが行方不明になった数日後、遺体となって発見されたという現実に耐えきれず〈心の避難所(別の記憶)〉を作ってしまいました。
ヴィルマン教授は、ダミアンの例を元に学生達へ〈心の避難所〉の講義をしていたのですね。
今思えば「検索しても出てこない」というあらすじの発言が最大のヒントでした。

しかしこの作品が評価された理由はそれだけではありません。
本書はダミアンの脳内にしか存在しない架空の女性・サンドリーヌが話の中心にいましたが、彼女までもがダミアン同様、ストレスによる極限状態から〈心の避難所(別の記憶)〉を作っているのです。
あらすじにある孤島に渡った話は、サンドリーヌの脳内で作られた架空の話でした。
しかし冒頭からいきなり読み手はサンドリーヌの〈心の避難所〉の中に放り込まれるため、どれか現実なのか最後の種明かしまで判別がつきません。
分かりやすく図にするとこのような形になります。

それが反則スレスレのミステリーと呼ばれていた理由です。

この手の夢オチに近い展開そのものを嫌う人は多いため「刺さる人には刺さる」と言われていたのも頷けます。
話のクオリティー自体は高いため、サイコ・サスペンスとして楽しめる人には受け入れられそうですが、純粋にミステリーとして楽しもうとしていた人には、確かに刺さらない作品かもしれません。

事件の真相は?

唯一現実で起きていたダミアンの愛娘・メラニー失踪事件ですが、その真相は最後まで明らかにならないまま、物語は幕を閉じます。
「裸で上半身だけ出したまま、沼のふちに横たわっていた」という遺体の状況からして事件性があるように見えますが、ヴィルマン教授が学生に伝えたいのはあくまで〈心の避難所〉の構造についてなので事件の真相については一切触れません。
現実のダミアンに関しても、ヴィルマン教授は最低限の情報しか与えませんでした。
そのためメラニー失踪事件の真相は読み手が推測するしかありません。

せきゆら
せきゆら

とりあえず自分なりの真相を考えてみました。

ダミアンの脳内で何も無い所からヴェルンスト(メラニー含め子供達を誘拐した人物)が創られたようには見えないため、現実のメラニーは犯人(ヴェルンストの元になった人物)に誘拐された後、暴行され沼で溺死させられたのではないかと感じました。
やたら子供や猫が、他者の手によって溺死させられている妄想が多かったのも、そのせいではないでしょうか。

そもそも娘の死から現実逃避するために作られた〈心の避難所〉であるにも関わらず、その避難所の中で可愛い娘が誘拐される妄想をする必要はないため、誘拐自体は事実だったように思えます。
真犯人に関するヒントが全く出なかった以上、ヴェルンストが実在の犯人だった可能性もありますね。


とはいえ私達はダミアンの脳内の世界しか見せられていないため「勝手にダミアンが誘拐と思い込みその様な話を作っただけで、原因は別にある」等、人によって様々な解釈が出来そうです。

最後に

残虐的な表現が多く、救いは全くない話なので、気軽に人へオススメしづらい作品ではあります。
しかし人間の現実逃避をここまで緻密に書き上げた作品は珍しい上、入れ子構造のように利用するという発想もユニークだったため、個人的には気に入った作品でした。

せきゆら
せきゆら

謎が解けた爽快感よりも、やるせない感情の余韻に引きずられるためイヤミス的な中毒性もあります。

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