【感想】「鯨の岬(河崎秋子)」デビュー作も収録された中編二編の小説

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読書感想

この記事では「鯨の岬(河崎 秋子)」のあらすじや感想を紹介していきます。

作者には熊や馬など、陸上で暮らすという動物をテーマにした作品の印象が強かったため、海を連想させる「鯨」というワードには新鮮味を感じました。

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【鯨の岬】の登場人物

鯨の岬
奈津子……主婦 
蒼空……菜津子の孫 
豊……菜津子の息子 
久美子……豊の妻
ヨッちゃん……菜津子の子供時代の友人
奈津子の夫
奈津子の母

東陬遺事
山根平左衛門……幕府の役人 
加藤伝兵衛……通詞 
弥輔……通行屋の下男 
たづ……通行屋の女中 
りん……たづの娘

【鯨の岬】はどのような人にオススメ?

・優れた北海道の情景描写を味わいたい人
・骨太な文章に引き込まれたい人
・作品の解釈を楽しみたい人

【鯨の岬】の感想

タバレが含まれておりますので、閲覧の際はご注意ください。

鯨の岬

札幌の主婦奈津子は、鯨が腐敗爆発する動画を見て臭いを思い出す。
後日、釧路の母を訪ねる途中、捕鯨の町にいた幼い頃が蘇ってくる。
記憶の扉を開けた彼女は…
「BOOKデータベース」 より

孫の子育てを押し付けてくる共働きの息子夫婦、鯨の爆発映像で大笑いしたりと理解不能な言動をする孫、この状況にまったく干渉する気が無い夫。
この環境に疲弊していた菜津子の設定は、妙に現代家庭にもありそうな光景でやたらリアリティーがありました。

せきゆら
せきゆら

本書の前に読んだ作品が「ともぐい」だった分、同じ作者でここまで主人公の振れ幅が大きいのかと驚かされます。

そしてそんな菜津子が日常から少し離れて旅をしながら、空洞になった記憶を探す物語……と思わせて油断を誘ってくるのが本書の面白いところです。
終盤までは奈津子の幼少時代を振り返りつつ観光の様子を眺めていましたが、ラストで彼女の母親に掘り起こされた「友人が目の前で亡くなった釧路での爆発事故に心が耐えられず、無意識に鯨の爆発に置き換えていた」という衝撃の記憶によってこれまでの旅行気分は一変してしまいます。
全く予測出来ない方向へいきなり話が進んでいったので、これには度肝を抜かれてしまいましたね。

初めてこのオチを見た時は、実話を元に北海道を掘り下げてきた作者らしかぬミステリー展開だと思いましたが、どうやらこの爆発事件も、実際に起こった釧路の炊事遠足事故を元にしたものだったそうです。
そう考えるとミステリー展開というよりは、過去に起きた悲惨な事故を風化させないために、このような形で事故について取り上げたのではないかと思いました。

せきゆら
せきゆら

「炊事遠足爆発事故」で検索すると該当の事故の話が出てきますが、内容は本書で語られたものとおおむね同じでした。

また事故の他にも、菜津子が幼少時代に過ごした霧多布での生活を通して描かれた鯨の話も印象的です。
中でもマッコウの油は蝋を多く含んでいるため、食べ過ぎると腹をくだすという話は驚かされました。
鯨の中でもマッコウは食用として適さないと言われているそうですが、もし食べる機会があった時には教訓として食べすぎに気をつけたいと思います。

せきゆら
せきゆら

同じクジラでも「食べる」という観点から見るとまったく変わるのですね。

そして鯨の話で何よりも衝撃的だったのは、死後の腐敗により爆発が起こり得るという事実。
死後の鯨が爆発する事があると知らなかったのもありますが、爆発映像を見て大喜びする孫の不気味さも相まって、非常にショッキングな事実でした。

せきゆら
せきゆら

この鯨の爆発を、炊事遠足事故の爆発と結びつけた作者の発想力には驚かされます。

東陬遺事

江戸後期の蝦夷地野付に資源調査のため赴任した平左衛門。
死と隣り合わせの過酷な自然の中で、下働きの家族と親しくなり…
「BOOKデータベース」 より

作者のデビュー作でありながら、北海道新聞文学賞を受賞する程の名作でもある中編小説。
はじめは「鯨の岬」のラストが衝撃すぎたあまり、中編ニ編の構成であった事を忘れていたので、続きが読みたくてページを開いたら、いきなり文政時代の世界観で驚かされました。

せきゆら
せきゆら

「鯨の岬」の余韻に浸るあまり「東陬遺事」に気持ちを集中させるのに時間がかかりました。

しかしこちらも「鯨の岬」とはまた違う魅力がある作品です。
特に野付の厳しい極寒を表現したリアリティーな描写は、デビュー作とは思えないほどです。
凍傷により足の指を切断するに至った弥輔のエピソードや、外へ持ち出しただけで寒さに耐えられずに枯れてしまう椿のシーン等、読み手のこちらまで体温が下がるような描写が多く登場します。

せきゆら
せきゆら

別海町出身の作者だからこそ出来る描写ですね。

そして個人的に印象に残ったのは、弥輔が氷海に落ちて死ぬシーン。
「寒い夜に満月を見ながら死ぬ」という彼の父を思い起こさせる死に方といい、鳥の頭を殴って獲る事を得意とする弥輔が死後、鳥に顔面を食われていたのといい、どこまでも強い因果を感じさせてきます。
その後、姉のたづも「全うできるのです、ようやく。我ら父子の、姉弟の、救いなき煩悶を」と言い残して弥輔の後を追いましたが、彼女にも弥輔のような因果があったのでしょうか。
弥輔はともかく、たづや彼らの父親が亡くなった理由等、私の読書体験の浅さも相まって解釈が難しい話でした。

最後に(巻末の解説について)

中編2編に加えて、巻末にある桜木紫乃さんの解説も非常に面白かったです。
本編の作品について、私の理解力では及ばなかった部分まで丁寧に解説してくれています。

ちなみに作者が羊飼いで、北海道のマラソン大会に出る程の体力があるという話は聞いた事があったのですが解説曰く、何と「鯨以外の哺乳類はすべて絞めることができます」と話していたそうです。
作品と関係ない部分ではありますが、非常にインパクトがあるエピソードなので、何故鯨だけは絞められないのかとても気になりました。

せきゆら
せきゆら

「ともぐい」「肉弾」で熊文学のイメージが強い作者ですが、熊も絞められるのでしょうか。

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