【感想】「兇人邸の殺人(今村昌弘)」“このシリーズはかくあるものだ”と示した作品

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ミステリー

この記事は『兇人邸の殺人』についてあらすじ・感想等を紹介しています。


これまでの剣崎比留子シリーズの感想記事はコチラから↓

1.屍人荘の殺人
2.魔眼の匣の殺人
3.兇人邸の殺人(当記事)

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【兇人邸の殺人】のあらすじ

『魔眼の匣の殺人』から数ヶ月後──。
神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と剣崎比留子が突然の依頼で連れて行かれた先は、“生ける廃墟”として人気を博す地方テーマパークだった。
園内にそびえる異様な建物「兇人邸」に、比留子たちが追う班目機関の研究成果が隠されているという。

深夜、依頼主たちとともに兇人邸に潜入した二人を、“異形の存在”の無慈悲な殺戮が待ち受けていた。

待望のシリーズ第3弾、ついに刊行!

東京創元社社HP〈内容紹介〉より

その日、行きつけの古本屋へ向かっていた葉村は、剣崎から連絡を受けました。
「今、ある人物と班目機関について話している。無理強いはしないが来て欲しい」

指定された場所へ行くと、そこには剣崎と成島IMS(医科学研究所)西日本の社長・成島陶次、そしてその秘書である裏井がいました。
斑目機関のとある資料がどうしても欲しいと話す成島。
彼は資料があると思われる「兇人邸」へ潜入するにあたり、事件を引き寄せる体質の剣崎を同行させる事で、何としてでも資料を見つけ出したいと依頼してきます。
そろそろ事件に巻き込まれる時期に差しかかっていた剣崎は、嫌でも同行してくるであろう葉村共々、護衛がつく今回の依頼で事件が起きた方が安全だと判断し、引き受けることにします。

せきゆら
せきゆら

その後、護衛の傭兵達とも合流し、兇人邸への潜入は順調でしたが……。

【兇人邸の殺人】はどのような人にオススメ出来る?

・これまでの剣崎比留子シリーズを読んだ人
・パニックホラーが好きな人
・ストーリー性のあるミステリーが好きな人

本書はこれまで登場したシリーズの事件内容に言及していたり、当時行方不明となった人物について新たな展開があったりと、過去作を読んでいる事を前提として話が進みます。
そのため未読の人や内容を覚えていない人は、先に過去作を読まれた方が、本書の内容を理解しやすいと思います。

【兇人邸の殺人】の感想(ネタバレ注意)

過去作を含めた一部ネタバレが含まれておりますので、閲覧の際はご注意ください。
(犯人は明らかにしていません)

迫力に振り切った今回の特殊設定

巨人。それ以外に適当な言葉を思いつかない。
二メートルを優に超えている。」

「衣服の上からでも分かるほど筋肉が発達していて、腰部がおまけのようにも見える。
さらに恐怖を煽るのはその頭部が頭陀袋に覆われ、目の位置に黒い穴が二つぽっかり開いていることだ。」

「巨人が着ている灰色のトレーナーのような衣服の、左の肩から先の部分がなく、袖ぐりで縫い合わされている。
隻腕なのだ。
また、ズボンに通したベルトからは、大鉈がぶら下がっている。」

葉村譲

ゾンビ・予言と来たところで、今回の特殊設定はまさかの巨人でした。
しかもただ殺すのではなく、首を切る事にやたらこだわっているので、余計不気味に見えます。
『屍人荘の殺人』に登場したゾンビは単体の戦闘力が低い代わりに、数で攻めて来たのに対し、こちらは1体しかいないものの、圧倒的な身体能力で目に入る者達を虐殺していくという、真逆の戦闘スタイルで侵入者を虐殺していきます。

せきゆら
せきゆら

まさかミステリー小説の感想で、ゾンビと巨人の攻め方を比較する事になるとは思いませんでした。

ここまで来るともう殺人事件どころの騒ぎでは無い気がしますが、この巨人の正体は追憶パート(後述)に登場する人物であり、それが誰なのかを推理するのも今作のポイントになっています。

葉村以外の視点から見たストーリー

本書は下記の人物達による視点から、話が進んでいきます。

葉村譲
ワトソン役。
過去作同様、主に彼の視点から物語は進む。

剛力京
フリーライター。
葉村達と同じタイミングで兇人邸に潜入してきた。

ケイ(追憶パート)
班目機関の被験者。
過去編。

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最後で明らかになる、あの人物の心情。

過去作では主に葉村視点から進む話に、時おり斑目機関サイドの話が盛りこまれていました。
しかし今作は、葉村以外の人物達から見た視点で、話が同時進行していたのが印象的です。
これにより葉村視点では拾えなかったヒントが読み手に伝わりやすくなっていた上、登場人物達の心情を深堀りされ、より感情移入しながら読みやすくなったと思います。

脱出できるのにクローズド・サークル?

確かに脱出の手段はあるけれど、それを使うことで状況がより悪化する可能性がある。
これは私たち自身が留まることを選ばざるを得ないクローズドサークルなんだよ。

剣崎比留子

私の中でクローズド・サークルといえば「災害等により、脱出したくても出来ない状況で起こる事件」という印象が強かったのですが、今回兇人邸に閉じ込められた状況について、比留子は下記の理由から物理的ではない形のクローズド・サークルであると捉えています。

・閉じ込められた人間達は、警察を呼びたくない事情を抱えた者しかいない。

・仮に助けを求められたとしても、すぐに来れるのは警備員や近くのお巡りさんのみ。
傭兵達ですら勝てない巨人に対応するのは不可能。
機動隊や自衛隊も、諸事情によりすぐ駆けつける事が出来ない。

・跳ね橋を下ろせば脱出可能だが、元に戻せないため巨人も脱出が出来てしまう。
すぐ外にはテーマパークの一般客達がいるため、巨人による大虐殺が起こりかねない。

これにより物理的なクローズド・サークルと違い、共に閉じ込められた者達の裏切り次第でいつクローズド・サークルでなくなくってもおかしくはない状況が続きます。
犯人ではない人物達もそれぞれ事情を抱えているため、いつ誰が裏切るか分からない緊張感があったのは、今回ならではの良さだったと思います。

クローズド・サークルと安楽椅子探偵の両立

現場に赴くなどして自ら能動的に情報を収集することはせずに、室内にいたままで、来訪者や新聞記事などから与えられた情報のみを頼りに事件を推理する探偵、あるいはそのような趣旨の作品を指す。

狭義では、その語の通り、安楽椅子に腰をおろしたままで事件の謎を解く者を指すが、実際にはもっと広く曖昧な範囲を含む。

安楽椅子探偵ーWikipedia

個人的に本書で面白かった所は、クローズド・サークルと安楽椅子探偵が両立していることです。
本来、事件現場となるクローズド・サークルに現場へ赴かない安楽椅子探偵がいるのは矛盾しています。

せきゆら
せきゆら

しかし今回は巨人の襲撃に遭った際、剣崎が避難した部屋のみ巨人のエリアだった事から、1人だけ部屋から出られなくなってしまいました。

幸い葉村達と会話する手段は残っていた上、剣崎が逃げ込んだ部屋は、ある理由により巨人が自分から入って来る事はありません。
これにより彼女は、安全な部屋に閉じ込められていながら、葉村サイドで起こる事件に立ち会う事なく、彼らからもたらされた情報のみで推理を進める安楽椅子探偵となりました。
『屍人荘の殺人』の時も感じましたが、
「事件現場でも、安全な場所に隔離されていれば安楽椅子探偵とクローズド・サークルと両立出来る」という論理でこの矛盾を解決した著者の発想転換力には毎回驚かされます。

定まったシリーズの方向性

今回は3作目ということで、“このシリーズはかくあるものだ”という形を示したいと思っていました。
その最たるものが、比留子と葉村が事件に向き合うスタンスです。
僕が思い描く探偵像は、いわゆる職業探偵のように正義感や義務感で事件を解決する存在ではありません。
比留子は、戦う女の子。
自分の体質のせいで事件を招いてしまいますが、懸命に生き延びようと頑張る女の子です。
そして、それこそが僕なりの探偵像なんです。

「特殊設定ミステリー」における“ホワイダニット”の重要性とは――『兇人邸の殺人』今村昌弘インタビュー

『屍人荘の殺人』では葉村が、『魔眼の匣の殺人』では剣崎が、お互いに相手のホームズ(ワトソン)にはなれないと拒否する展開になってしまいました。
しかし今回の事件を通し、周囲のアドバイスや互いの連携による成功体験を得たことで、
「事件を引き寄せる体質と戦うために、ホームズとワトソンを演じ続ける」
という方向へと定まっていきました。
二転三転した2人の関係ですが、ひとまず互いが納得出来る形に着地して、一区切りついたのは良かったですね。
シリーズの方向性が定まったと明言されたということは、次回からは本格的に斑目機関と向き合うことになるのでしょうか。
今回は派手に動いてしまったのもあり、剣崎達がまだ見えない敵にマークされるのも時間の問題かもしれません。

せきゆら
せきゆら

そもそも斑目機関とどのように決着をつけるのかすら分からないため、次回作からの方向性が気になります。

最後に

危機を脱することには成功しましたが、剣崎達の処遇がどうなるか分からないまま終わってしまいました。
完全に続編を匂わせるラストなので次に期待が持てますね。
これまで剣崎の協力者として暗躍していたカイドウと「移動先で落ち合うことになっている」という発言からして、いよいよ次回作でカイドウが初登場する可能性もありそうです。
更にカイドウだけでなく、最後の最後で行方不明となっていた重元まで再登場しました。
ゾンビオタクとして、当時は知識面から剣崎達をサポートしていた重元ですが、次回はどのような活躍をするのでしょうか。

せきゆら
せきゆら

重元は『屍人荘の殺人』に登場するので、気になる方はそちらもチェックしてみてください!

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