この記事は『可燃物』についてあらすじ・感想等を紹介しています。
これまで作者に警察モノのイメージがなかったので、今回どのように仕上げたのか気になる所です。
【可燃物】のあらすじ
余計なことは喋らない。
出版社HPより
上司から疎まれる。
部下にもよい上司とは思われていない。
しかし、捜査能力は卓越している。
葛警部だけに見えている世界がある。
群馬県警を舞台にした新たなミステリーシリーズ始動。
連続放火事件の“見えざる共通項”を探り出す表題作を始め、葛警部の鮮やかな推理が光る5編。
登場人物(あまりにも多いため、今後も登場しそうな人物のみ紹介)
葛……主人公であり探偵役。群馬県警本部の刑事部捜査第一課。班長。
小田……刑事部捜査第一課強行犯捜査指導官。上層部と現場の班長との間を取り持つ。
新戸部四郎……刑事部捜査第一課長。葛の存在を疎んじている。
川村……署長。捜査本部本副部長。
三田村……本部捜査第一課特殊係長。
佐藤……葛の部下。聞き込み名人。
村田……葛の部下。佐藤に次ぐ聞き込み名人。
榊野……葛の部下。ネット捜査に特化している。
宮下……葛の部下。大型含め、警察車両の運転が許されている。
桐乃……前橋大医学部の教授。司法解剖を担当している。
主藤……検死官。
桜井……鑑識班長。
【可燃物】はどのような人にオススメ?
・短編集が読みたい人
・犯人当てよりも動機や凶器の方に興味がある人
・純粋な謎解きを楽しみたい人
警察が主人公ではあるものの、作者曰く「ミステリーを書くために警察を選んだ」という理由で舞台設定がなされた事から、警察内部や登場人物に関する描写は、捜査の中で垣間見える程度に留められています。
そのため警察小説というよりは、純粋に謎解きの部分を楽しみたい人に向いている作品だと思いました。

謎解きに関しては解くべき謎がどの部分なのかを事前に提示してきたり、タイトルでヒントを出してくる等、アンフェアにならないよう配慮されています。
【可燃物】の感想
捜査で語る葛警部
彼は、警察という組織の力が事件解決に役立つからこそ、その中にい続けている。
米澤穂信さん「可燃物」インタビュー
そう思っています。
事件解決に並々ならぬ情熱を持ち、いかなる手段も使う主人公・葛。
部下が持ってきた情報から謎を解き明かすそのやり方は、警察というよりも安楽椅子探偵に近いものを感じます。(警部なので一応自ら捜査を行なう場面もありますが)
同時にあえて葛個人に関する描写を避け、どのような人物なのかは捜査のやり方だけで示すという形式を取っているため、読み手によって受け取り方が変わりやすい人物でもありました。

内面だけでなく、容姿や年齢の情報すらも伏せる徹底ぶりです。
その中でも唯一分かりやすく葛の人間性が見えたのは、常にカフェオレと菓子パンを食べながら捜査を進める姿でしたが、ここには作者のこだわりがあったようで、インタビューにてこのように答えていました。
糖分が無いと脳みそが回らない。
米澤穂信さん「可燃物」インタビュー
でも、『シャーロック・ホームズ』にも出てくる話ですが、満腹になっても脳の活動が鈍ってしまう。
だから菓子パンで済ませているんです。
コーヒーは、カフェインを入れて目を覚ましたいけれど、あまりブラックばかり飲み過ぎると胃を痛めてしまう。
それで、せめて胃への当たりを柔らかくしようとカフェオレを飲んでいる。
そういう裏設定があります。
カフェオレは無糖でしょうね。
また裏設定として、菓子パンとカフェオレだけでは体力が持たない事をふまえ、プライベートではまともな食事を摂っているのではないかと語られていました。
食事を軽んじている訳では無いものの、いざ事件になった途端、捜査特化の食事メニューに切り替える所には「葛の中心にあるのは事件解決」という軸のブレなさが感じられて良い設定だと思います。
個人的に気に入った登場人物
主人公の葛も魅力的な人物造形をしていましたが、個人的には新戸部の設定も面白かったと思います。
彼は葛の存在を疎み、何かと嫌味を言う上司ポジション。
自分に服従するイエスマンな部下を欲しているにも関わらず、結局いつも新戸部が抜擢するのは腰巾着になる事を良しとしない有能な人材ばかり。
おかげで組織は、実力主義の優秀な集団となってしまいました。

自身が実力で出世してきた過去があるせいでしょうか。)
葛以外の刑事部も、無駄な言動を挟まず淡々と仕事を遂行する有能揃いでしたが、その裏には新戸部の采配があったようです。
しかし当然誰も上司のご機嫌取りをする気がないため、常に新戸部の機嫌は最悪でした。
私欲優先かと思いきや組織にそれを持ち込む所までは行けない、かといって目に見える程度に機嫌の悪さは隠せないという、この絶妙なさじ加減がたまらなく好きでしたね。

これに加えて、推理が合えば葛の意向に(ある程度)譲歩してくれる柔軟性まであります。
【可燃物】各短編の感想
一部ネタバレが含まれておりますので、閲覧の際はご注意ください。
(真相は明らかにしていません)
崖の下
スキー場『上毛スノーアクティビティー』にてロッジの経営者から「5人連れのスキー客のうち、4人と連絡が取れない」との通報を受ける。
捜索の結果、先に2人の遭難者を発見したが片方は頸動脈を刺されて死亡しており……。
「凶器は何だったのか」がポイント。
最初の話であったため、この時は犯人当てをするものだと思い込み「状況的に犯人は◯◯」と言われても信じられず、的外れな推理ばかりしてしまいました。
おかげで読み終えてから「言葉通りに受け取れば良かった!」と後悔する羽目に。
結局意図的な犯行なのか、偶然だったのかは分からずじまいでしたが、個人的にはいつ死ぬかも分からない極限の状況で、無意識に復讐心が制御出来なかったから「刺さったんですよ」という言い方になったのではないかと思いました。

あくまで想像です。
ねむけ
未解決強盗致傷事件の犯人候補となっていた人物の1人、田熊竜人が交通事故を起こした。
信号交差点での、出会い頭事故だという。
その後すぐに事故の目撃者が4人も現れ、全員「田熊側の信号が赤だった」とハッキリ証言し始めた事に葛は違和感を感じ……。
「何故4人もすぐに同じ証言が出来たのか」がポイント。
鋭い人はタイトルで察してしまえる可能性がある事から、5編の中では最も難易度が抑えられていたように思えます。
「強盗致傷事件の犯人を交通事故から導き出す」という変化球で真相を解明していくのですが、上司からの危惧や不満を無視し、交通課の管轄に躊躇なく踏み込んでいった葛の行動から、なんとなく彼の人物像が掴めてきたような気がします。
命の恩
山麓の木道「きすげ回廊」で人間の上腕が見つかった。
その後山中を捜索すると、次々と他の部位も発見される。
やがて犯人が捕まり、事件は解決の方向へと向かう中、葛はある不審点に着目する。
「何故遺体をバラバラにしなければいけなかったのか」がポイント。
切断した理由が分かった瞬間、たちまちすべての点と点が繋がっていく構成の鮮やかはお見事でした。
後味のやるせなさも含め、個人的に気に入った話です。
ちなみにラストの一文は、いくつかの解釈ができそうなので受け取り方に悩みました。
言葉通りの意図しかないとも受け取れますし、心配して動向を見守っていたようにも見えます。
可燃物
太田市にて連続放火未遂事件が起こった。
次の放火に備えて部下に張り込みをさせる葛だが、犯行はピタリと止んでしまい捜査は難航する。
張り込みが犯人にバレたためであるかと思われたが、葛は犯人の目的が達成されたためであると睨む。
表題作。
「犯人の動機」がポイント。
『命の恩』と同じく、どのような動機であれ「犯罪で得られるものは何も無い」という世界観が徹底されています。
また葛が捜査を行う上で、犯人の動機に対する考え方が明らかになる話でもありました。
印象的だったので紹介させていただきたいと思います。
動機とは、ひっくるめて言ってしまえば「欲望」に尽きる。
葛警部
ふつう人間の欲望はありきたりで、そのほとんどが金銭欲と性欲と憂さ晴らしに集約される。
だが、その三つでは説明のつかない欲望というのも確かに存在していて、それらは人智を尽くしても予測することができない。
予測できないものを頼りに捜査すれば迷路に迷い込む。
だから葛はふだん、動機を重んじない。
最後の一文にある通り「ふだんは」動機を重んじていないだけで、常に考慮していない訳ではありません。
今回のように、前科が無い一般人が犯人のパターンであれば、動機も予測出来る範疇であるとし、推理に組み込む事もありました。
本物か
ファミリーレストランにて立てこもり事件が発生。
別件で偶然現場近くにいた葛班は、特殊係到着まで現場維持を命じられた。
レストランから避難してきた当事者達の証言を集めた葛は、1つの仮説にたどり着く。
他の短編と異なり、謎を解く鍵をハッキリ提示してこない異質な作品。
正しい要素を拾う所から始まるため、やや難易度は高いかもしれません。
しかし念押しのように何度もヒントに触れているため、フェアではあったかと思います。
また作品としては、立てこもり事件の現場という事で最も緊迫感のある話でした。
前後半でタイトルの意味が覆っていく過程も盛り上がりましたね。
最後に
数々の名作を生み出してきた作者なだけあって、今回も安定した面白さがありました。
「群馬県警を舞台にした新たなミステリーシリーズ始動。」とあるため、今後も続編が期待出来そうなのが嬉しい所です。

次回作でも事件と向き合う場面に描写を割き、捜査だけで彼らについて語って欲しいですね。