この記事は『追想五断章』についてあらすじ・感想などを紹介しています。
ネタバレが含まれておりますので、閲覧の際はご注意くたさい。
【追想五断章】のあらすじ
古書店アルバイトの大学生・菅生芳光は、報酬に惹かれてある依頼を請け負う。
「BOOKデータベース」 より
依頼人・北里可南子は、亡くなった父が生前に書いた、結末の伏せられた五つの小説を探していた。
調査を続けるうち芳光は、未解決のままに終わった事件“アントワープの銃声”の存在を知る。
二十二年前のその夜何があったのか?幾重にも隠された真相は?
米澤穂信が初めて「青春去りし後の人間」を描く最新長編。
家庭の経済的な事情から大学の学費が払えず、休学する事となった菅生芳光。
彼は伯父が営む古書店で、アルバイトという形で居候生活をしていました。
そんなある日、芳光が店番をしていると北里可南子と名乗る女性が訪れ、奇妙な事を聞いてきます。
「昨日甲野十蔵という人物の家から本を引き取らなかったか」
確かに芳光は伯父の手伝いで、先日亡くなったという甲野十蔵の家に訪れ、大量の本を引き取りました。
それを聞いた可南子は、引き取った本の中から探して欲しい雑誌があると話し……。
【追想五断章】はどのような人にオススメ?(レビューまとめ)
Amazonや読書メーターのレビューでは、下記のような感想がありました。
(本文については、レビューを見た私の所感も含まれています)
・重苦しい空気が続く作品
〈米澤穂信が初めて「青春去りし後の人間」を描く最新長編〉
と言われているだけあり、本書は淡々とした空気感が続きます。
そのため派手な展開を期待している人には、平坦なストーリーに見えてしまうかもしれません。
その一方で、肯定的な意見も紹介します。
・パズルのような謎解きが面白い
・読み終えた後に余韻が残る
依頼人とその父のストーリーを知るにつれ「自分と父にはストーリーが無い」と噛みしめる芳光、更に自身の矜持を守れず情熱を失ってしまった伯父など、本書は事件に直接関係しない人物まで丁寧に描写されています。
それでいて謎解き部分もおろそかにせずしっかり作り込まれているため、ミステリーとしても物語としても完成度が高いのが特徴です。
重苦しい空気感が苦手でない方であれば、幅広くオススメしやすい作品です。
【追想五断章】の感想(ネタバレ注意)
感想を述べる上で必要なネタバレをしているため、未読の方はご注意ください。
(主に謎解き部分に触れています)
5編のリドルストーリーから謎を解く
本書は5編のリドルストーリーが登場します。
「リドルストーリー」とは、あえて結末を書かず読者の想像に委ねた小説を指しているそうです。
偉そうに説明していますが、私は本書のおかげで初めて知りました……。
しかし本書のリドルストーリーは、それぞれ一行ずつ隠された結末が用意されているのが特徴です。
芳光(読み手視点)はその結末から“アントワープの銃声”の真実に迫っていくこととなります。
私も一応謎解きをしながら読み進めていましたが、3編目のリドルストーリー「小碑伝来」の結末への違和感(自刎なのに「一刀の下に首を落とされた」?)から仕掛けは何となく察せたものの、そこからどう真実へ繋がるのか分からず、ギブアップしてしまいました。
鋭い人であれば、冒頭の作文から真相に到達出来たかもしれません。
読後にもう1度、冒頭の作文を見返してみると、かなり大胆に真相が描写されていて驚きました。
最後のリドルストーリー【雪の花】の解釈は?
5編のリドルストーリーの中で、最後に語られた【雪の花】という小説だけは異質な作品だったため、紹介させていただきたいと思います。
【ストーリー要約】
舞台は雪に閉ざされたスウェーデンの村。
20年ほど前、そこにはとある夫婦がいた。
夫は女遊びと酒に明け暮れながらも、心から楽しんでいる様子を見せない。
妻はそんな夫に沈黙と無関心を貫いていた。
ある日偶然出会った夫から、
「お前と2人で年を取る明日の誕生日は不幸だ」
と侮辱された妻は、親しげに微笑みながら
「私としたことが貴方の誕生日を忘れていました。
貴方の贈り物のお返しに、私も贈り物をしましょう」
と言い雪の花を摘みに行った。
しかし妻は氷河を渡った際、その亀裂に落ちて亡くなってしまう。
それを知った人々は、これまで彼女の夫への愛情を信じていなかった事を悔いた。
しかし夫は、
「妻の本当の贈り物は雪の花ではない。
こうすることで自分を決定的に置き去りにした。
だから俺はこうするしかない」
といい、命を絶ってしまった。
それ以来この話は、人々の間で格好の話の種となっており、村人達はいつか彼女が発見され真実が明かされると信じてやまない。
しかしこの話を聞いた語り手はそうはならないと思った。
【隠されていた結末】
「すべてはあの雪の中に眠っていて、真実は永遠に凍りついている。」
【雪の花】は他の4編と違い、雑誌等に掲載されていません。
可南子の父が最期まで持っていた小説です。
だからこそ発見出来たのもラストとなってしまいました。
更に大きな特徴として、他の4編は事件の謎に対する回答だったのに対し【雪の花】は「北里可南子の両親に夫婦愛はあったのか」という、人間的な疑問を投げかける話となっています。
しかしこの疑問が難解で、隠された結末を見ても答えは分からないようにされていました。
登場人物達も回答そのものについてはほとんど触れていないため、【雪の花】の回答は読み手の想像に委ねられる形となっています。
ここから先は、私の中で考えた回答について書いていきます。
(あくまで想像です)
可南子の父は、娘が事件の真相を知る事がないよう小説の結末を変えます。
そして唯一結末が1つしかなかった【雪の花】は、自身が亡くなる際に看護師へ「燃やして欲しい」と託していました。
しかし事件の真相は、他の4編ですべて記されています。
そのため【雪の花】に限っては可南子に見つかっても、それほど大きな問題はないはすです。
むしろ両親の間に愛があったことを娘に示せる【雪の花】は遺して良かったのではないでしょうか。
では何故そうしなかったのか。
その理由を考えると【雪の花】の答えが
「妻は夫を置き去りにするためにわざと落ちた=少なくとも事件が起きた時点では、可南子の両親に愛はなかった」
からではないかと思います。
それに【雪の花】の中で「沈黙と無関心が夫に一番効く」と理解しわざと無視していた妻が、夫に侮辱された直後に取る行動となると「わざと死んで夫を置き去りにする」の方が自然ではないかと感じました。
夫の誕生日前日でありながら、指摘されるまでプレゼントを用意していなかったという点も、余計そう見えてしまった理由の1つです。
また夫の最期の言葉もただの思い込みには見えず、そんな妻のやり方をよく理解していたからこそ出た言葉だったのではないかと感じました。
まとめ
以前感想記事を書いた同作者の「図書委員シリーズ」はビターな読後感でしたが、本書は更にその苦味が強くなっています。
スッキリとはしないものの、本書の結末もリドルストーリーのように曖昧にしたのは巧かったですね。
しかしこのリドルストーリーを機に、それぞれが自身の気持ちに折り合いをつけ、次の段階へ進んでいけるようになったので、個人的にはそこまで悪い読後感ではありませんでした。
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